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第76話
「ご……ごめんなさい!」
すっかり本に夢中になっていたから、時間がこんなに経っていたなんて思わなかった。
慌てて謝罪する僕を、レグラス様は優しく抱き締めてくれた。
「いや、謝る必要はない。ただ君が無事ならそれで良いんだ」
「レグラス様……」
顔を上げてレグラス様を見上げると、優しい光を宿すアイスブルーの瞳とかち合った。
「せっかく戻ってきたし、今日はもうこのまま君と過ごそう。昼も食べていないと聞いたぞ。ディナーは共に食べよう」
「お仕事は良いんですか?」
「必要な手は打ってきた。後は報告待ちだったから問題ない」
そう言うと、僕の頬をそっと掌で包んだ。
「……昼間は怒りを抑えきれずに怖い思いをさせた。すまない」
その言葉に、僕はぱちりと瞬きレグラス様を凝視した。
だって彼から謝罪の言葉があるなんて思いもしなかったんだ。
あの時のレグラス様は何も悪くない。むしろ僕を思ってネヴィ家に対して怒ってくれたんだから感謝するところだ。
何と言葉を返そうかと考えていると、レグラス様は少し眉間にシワを寄せた。
「君に負の感情に晒したくないと思っていたのに、情けないな……」
「レ、レグラス様は情けなくなんかないです!」
ネヴィ家での僕の境遇を知っているからこその言葉だ。
「僕の事を思って、ネヴィ家に怒ってくれたんだと、ダレン様に聞きました。僕は、そのレグラス様の気持ちが、とても嬉しかったです」
「……そうか。だが、大人の男の怒りは怖かっただろう?君に何か言わなければとは思ったが、怯えを宿す君の瞳に見つめられるのに……私には耐えられなかったんだ」
アイスブルーの瞳には、はっきりと苦痛の光が浮かんでいた。
「僕は……」
レグラス様の目を見て、しっかりと口を開く。
「僕は昔のラス様も、今のレグラス様も大好きです。確かに、昼間は僕に対して怒っているって思ったから、怖かったけど…。その怖さは、レグラス様が恐ろしいからじゃなくて……」
「私が恐ろしいからじゃなくて……?」
言葉を切ってしまった僕に、先を促すようにレグラス様が言葉を繰り返す。その声は、僕の気のせいかもしれないけれど、とろりとした甘さを含んでいるようだった。
「レグラス様に、嫌われたと感じて怖くなったんです。僕が……、僕は……こんなにレグラス様が好きなのに、嫌われてしまったら……」
その僕の言葉に反応するかのように、頬を覆うレグラス様の掌にぐっと力が入る。
思わずその手に視線を流し、そしてもう一度レグラス様に目を向けた時には、すぐ目の前に彼の秀麗な顔が迫ってきていた。
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