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第79話

 僕はぱぱっと湯から上がると、髪を乾かすのもそこそこに浴室を出た。  本来ならサグやソルが僕の世話をするんだけど、僕は今まで自分の事は自分でしていたから、誰からの世話を受けるのに慣れていないんだ。世話をされるのは何だか居た堪れないし、落ち着かなくて断った。だから、今、この場に誰もいない。  軽く髪を拭いたタオルを首に掛けて、机に向かう。机上のランプを灯して椅子に座った僕は、引き出しからノートと大事なペンを取り出した。 「レグラス様に聞いてみたいこと、メモしておこう」  サラサラとペンを滑らせる。  えっと、まず魔力測定の結果。ニケ神官は、何故あんなに驚いていたんだろう?  ニケ神官……。ちょっと近寄りがたい雰囲気だったな……。やっぱり創世神の神官だから、獣人が嫌いなのかな。  そして金華猫について。夜の王ってなんだろう……。 「月光を取り込みながら成長するって書いてあったけど、それって身体の成長のことだけ? 魔力も関係するのかなぁ……」  手を止めて夜空に浮かぶ月を見上げる。  多すぎる魔力あって良った事なんて、今まで一度もない。せいぜい、今、レグラス様に渡せるって事だけだ。  だから、特別な力なんて、僕は求めてはいないんだけれど。  この金華猫っていうのも、僕と関係のない話ならそれでいい。 「ーー関係……ないといいのに」  ポツリと呟く。これ以上の力は僕の身に余る……そんな思いから洩れ出た、僕の本心だった。 「どうした、何か心配ごとか?」  ぼんやりと夜空を見上げていた僕は、突然掛けられた声に尻尾をしびびっと跳ね上げて驚いてしまった。  ぱっと振り返ると、背後から僕の肩越しに机に手をついて顔を覗き込んでいるレグラス様がいた。 「レ……レグラス、さまっ」  不意を突かれたせいでドキドキし始めた胸を押さえていると、レグラス様はふっと眉を顰めた。 「濡れている」 「え?」  僕がぱちりと瞬くいていると、彼はすっと僕から身体を離した。その開いた隙間に、すうっと風が流れ込む。それが少し心細く感じて、僕は離れてしまったレグラス様を目で追った。 「世話を受けたくないという、君の意志は尊重するが、このままでは風邪をひく」  そう言うと、レグラス様は僕の首に掛けていたタオルを手にして、ぽんぽんと髪のから滴る水滴を拭い始めた。 「え……? あ、僕、自分でします!」  慌ててタオルを掴もうとしたけれど、あっさりとレグラス様に阻止されてしまう。 「大人しくしていろ」  大きな掌で僕の頭を軽く押して、前を向くように促してくる。そして優しく僕の髪を乾かしていった。  僕の髪は猫っ毛だから、ガシガシ拭いちゃうと絡んでしまうのだ。だから、いつも軽く水分を取るだけで放置してしまうんだけれど……。  でもレグラス様は、髪を一房すくい取ると、タオルで挟みぽんぽんと丁寧に水気を取ってくれる。  そうして全体を拭うと、湿ったタオルを机に置き、指でくしけずり始めた。  小さく何かを呟く声が聞こえる。  その声に耳を傾けていると、やがてレグラス様の手元からほんのり温かな風が流れてきた。  彼の指の動きに合わせて、流れてくる風が髪を乾かしていく。  あっという間に、僕の髪はサラサラの状態となっていた。 「ありがとうございます……」  レグラス様にお世話をさせてしまうなって……と、恥ずかしくなりながらもお礼を言う。すると、レグラス様は小さく笑った。 「いや、存外、君の世話を焼くのは楽しいものだ。気にする必要はない」  

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