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第80話

そう言うと、僕の髪を一房すくい取り、そっと唇を寄せてきた。間近にレグラス様の秀麗な顔が来て、さっきとは別の意味で胸がドキドキし始める。  瞼を閉じたレグラス様を、僕はじっと見つめてしまった。  淡い金のまつ毛が、すっと通る鼻筋が、そして僕の髪に口付ける薄い唇が、よく見える。  ーーこの唇が、僕から魔力を吸い取るんだな……。  ふと、そう思ってしまい、僕は一気に顔が熱くなってしまった。  長いまつ毛が揺れ、レグラス様のアイスブルーの瞳が僕を捕らえる。 「……とうした?」  僕の顔を見てゆるりと細まるその目に、僕はレグラス様の行動が確信犯だと気付いた。 「僕の反応で遊ばないでください……」  小さく不貞腐れて言うと、レグラス様は身体を起こし、さも心外そうに眉を顰めた。 「遊んでなどいない。私に慣れて貰うためのスキンシップだ」  確かに『触れ合いに慣れて貰う』って、二回目の魔力移譲の時に言われたけど、これは何か違う気がする。  そう思うけれど、基本的に今まで人との触れ合いが殆どなかった僕には何がどう違うかなんて明確に指摘する事はできない。  だから不審感を瞳に籠めて、じっとレグラス様を見ていると、彼はやれやれといった感じで肩を竦めた。 「最初に強い刺激を受けると、後からの刺激に抵抗感が湧きにくいだろう?」  そう言って、僕をひょいっと抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだから、僕の顔の近くにレグラス様の顔が来ることになる。でも、さっきの方がより近かったと思うと、確かに慌てなくて済んだ。 「あ……あれ?」  僕の感覚が間違ってたのかな? なんて考えているうちに、レグラス様は長い脚で歩みを進めて、ソファに腰を下ろす。  勿論、僕を膝に乗せた状態で。  ーーた……確かに、緊張はしないけど、ドキドキはします、レグラス様!  困り果ててレグラス様に目を向けると、彼は僕が思い付くまま書き留めていたノートを手にしていて、視線を落としていた。 「いつの間に持ってきたんですか?」  レグラス様の手が、机のノートを掴んだ事すら気付かなかった僕は、ぱちくりと瞬く。 「君を抱き上げる前に取った。ところで、この金華猫とは?」 「あ。母様がネヴィ家を出る時に、僕にくれた本に書いてあったんです。関係ないかな……とは思ったけど、気になって」  僕は本に記されていた金華猫の事を、レグラス様に伝えた。 「月光を取り込みながら成長する、か。それに『魔力相性の良い人間の伴侶を持つ事で、夜を統べる王となる』だと? 君と魔力相性のいい人間とは私だが、後の文章は意味が計りかねるな」 「僕にもさっぱり意味が分かりません。まだ最後まで本に目を通していないから、まだ何か記載があるかもしれませんけど……」 「そうか。なら、今度、私にもその本を見せてくれ。創世神の神官から魔力測定の結果がくれば、また何か分かるかもしれん。今は、その結果を待とう」  僕を気遣う様な目を向けたレグラス様は、優しく僕の頬を撫でた。 「さ、明日は学院だ。初日だから、学院長への挨拶と、建物の案内がある。そして学びを共にする同期生との顔合わせだけだから、午前中で終わるが、今日は早く休んだ方がいい」  そう言うと、顔を傾けて僕に近付けてきた。 「今日の分の魔力、貰うぞ」  レグラス様の囁くような声に、僕はつい入ってしまった身体の力を抜いて、そっと目を閉じた。  

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