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第81話

「金華猫……ですか?」 私の前に座るダレンは不思議そうに瞬き、首をかしげた。 「聞いたことがありませんね」 「私も知らぬ。……ということは、アステル特有の固有名詞なのかもしれんな」 私は頷き、眠るフェアルに目を向けた。 彼が書き付けていたノートにあった『金華猫』の文字。何かと問えば、返ってきた答えは不可思議なものだった。調べようにも、ラジェス帝国に特殊な獣人に関する資料はない。 これに関しては、フェアルに告げたように、一旦保留の形とした方が良さそうだ。 そう考えながら、私の膝に縋り付くような形で伏せて眠るフェアルの髪をゆっくりと梳いた。 細いフェアルの髪は、私の指の間を流れるように落ちていく。 その様子を見ていたダレンは、微かに苦笑を浮かべた。 「何と言いますか、随分扇情的な光景ですね」 ダレンの歯に衣着せぬ物言いに、私はふと手を止めて自分が身を置いている状況を改めて見てみた。 今、ベッドに座る私の膝に、身体を伏せて眠るフェアルは、上半身に何も身に纏っておらず、鬱血跡があちらこちらに散っている肌を晒す、艶めかしい姿となっている。 何故こうなっているかと言うと……。 明日から学院に編入するフェアルを早く休ませたくて、軽く口付けたあと、そのままベッドに運んだ。 まだ魔力移譲には慣れないフェアルは、口付けの度に顔を真赤に染めて、恥ずかしそうに俯いて顔を隠してしまう。でも猫特有の警戒心の強さゆえに、次は何をされるのかと、ちらりと濡れた瞳で私を盗み見るのだ。 その姿が堪らなく可愛い。 だが、いくら可愛く愛しいと思っていても、彼はまだ成人を迎えていない子供だ。年が離れた私が、フェアルに無体を働く訳にはいかない。 だから魔力移譲の際は強固な自制心を発揮しつつ、フェアルが私に慣れるようにゆっくりと追い詰めていくのが、最近の日課となっていた。 今日もベッドへ運んだフェアルから、キスで魔力を吸い取る。その後、滑らかな肌に唇を寄せて、鬱血跡を残しながら皮膚を経由して、魔力を吸い取ったのだ。 確かにダレンからすれば、この光景は随分扇情的な光景だろう。しかし、ただ見せ付けるために、こんな夜にダレンを呼んだ訳ではなかった。 「一つ気になる事があって、魔力移譲に診て貰うために呼んだんだ。文句を言うな」 私の言葉に、戯けたように肩を竦めるダレンを横目に見ながら、フェアルの身体にシーツを掛けてやる。 ダレン曰く「扇情的な光景」も、私にとってはただ愛おしく思える日常の一コマだ。 だが、好き好んでフェアルの肌を晒している訳ではなかった。

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