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第83話

私は彼に頷いてみせると、少しだけ息を長めに吐き出した。 「コストリア伯爵と手を組んでいたネヴィ公爵家の思惑も、未だ掴めないままだ。ネヴィ公爵は、何故フェアルにアーティファクトを付けてまで魔力を封じたのか」 「獅子の一族に、弱い猫の獣人が産まれたのが許せない、っていう単純な理由ではないでしょうね」 「そうだな。それにアステル国王は、フェアルの魔力に目を付けたから、十年前に彼を帝国に渡すのを拒んだ、と考えたが……」 私は自分の唇に指を当て考え込む。 「だが、フェアルの魔力を封じてしまえば、何を企んでいたかは知らぬが、アステル国王の思惑も(つい)えてしまうはず。王に背いてまで、何故ネヴィ公爵はフェアルの魔力を封じたんだ?」 「さぁて……?」 私の言葉に首を傾げたダレンは、あっさりと首を振った。 「お偉方の考える事なんて、一介の魔法医師には分かりかねますよ」 そして苦笑をもらす。 「アステル国王やネヴィ公爵の企んでいる事、それに創世神の神殿もどう動くか分かりませんしね。ただ言えることは、一つだけ……」 そう言葉を区切ると、ダレンは眠るフェアルの顔をそっと覗き込んだ。 「帝国に来て、やっと安らぎを覚えた彼が、明日からの学院生活を楽しめるようにしてあげたいって事だけですね」 その言葉に、私も大きく頷き同意を示す。 私がアステル王国から去った後の十年間、フェアルは過酷な環境に身を置いて、心身共に疲弊しきっていた。 彼が、自分の人生を楽しめるように、今は何者からも彼を守る事に専念しよう。 私はもう一度フェアルに視線を落とし、サラサラとした銀の髪をゆっくりと梳いた。 「魔力移譲の時間帯と量については、一度持ち帰って考えてみます」 「ああ、分かった」 顔も上げずに返事をすると、ダレンは可笑しそうに声を上げて笑った。 「こんな姿を見ると、冷酷無残な公爵様の面影なんて欠片もありませんね!」 「ーー煩い」 「私は嬉しいんですよ」 小さく呟くダレンの声に、私がふと顔を上げると、彼はゆるりと微笑んだ。 「冷酷無残と言われるしかない人生を歩んできた貴方が、ようやく大事なものを手に入れて、安らぎを手にした事が……」 無言のまま彼を見ていると、ダレンはわざとらしいくらいに恭しく頭を垂れ、退室の挨拶をしてみせた。 「では閣下。貴方も今夜はゆっくりとお休み下さい。明日からはフェアルと共に学院生活が始まるんです。きっとハードな日々になりますよ!」 そう言い残し、立ち去っていくダレンの姿を見送った私は、その視線を再びフェアルへと向けた。 「可愛く愛しい私の猫。これからの君に幸多からんことを、私は切に願う……」 私は身を屈めると、フェアルの白い背中にそっと唇を落とした。

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