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第87話

「学院長、フェアルを怖がらせるな」  僕の様子に気付いたレグラス様は、すかさず僕の肩を抱き自分へと引き寄せた。それを見て、学院長はすっと目を細める。 「……君は節度ある態度というものを身に着けたらどうかね」  学院長はレグラス様を一瞥して冷たく言葉を返すと、改めて僕へと視線を戻した。 「フェアル、君の事はだいたいレグラス殿から聞いている。ここは学びの場だ。学ぶ意志があるのならば、学院は君を歓迎する」  学院のトップに立つ彼は、教育者として高い矜持があるのか、僕が一族のハズレ者だとか、学院へ通った事がないだとかを言及せずに、僕を受け入れてくれているようだった。  当然といえば当然の事だけど、僕にはそれがとても嬉しかったんだ。 「ありがとうございます。知らない事が多々ありますが、有意義な留学期間を過ごしたいと思います。宜しくお願い致します」  ゆっくりと言葉を選びながら頭を下げると、学院長はその厳しそうな顔にほんの少しだけ笑みを浮かべてくれた。  その顔を見て、僕がほっと安堵の息をついていると、横から別の声が聞こえてきた。 「では続いて私の方からも宜しいでしょうか?」  にこやかにそう声を掛けてきたのは、ニケ神官だった。  さっきレグラス様と共に部屋に入ってきて、一人掛けのソファに腰を下ろしていたんだ。 「何故神官がここに?」  レグラス様の問に、ニケ神官はゆるりと微笑んだ。 「今日から閣下とフェアル様が学院に通われると伺いまして。魔力測定の結果を早めにお知らせしようかと、こちらに同席させていただいたんです」  ニケ神官の言葉に、その部屋にいる、僕以外の全員の視線が彼に向く。  僕はというと。  学院長の肩からよじよじと降りたモグラが、のそのそと僕の方にやって来ている事に気を取られてしまっていた。 「フェアル様の魔力測定の結果、魔力量はずば抜けて多いという結果でした。性質の判定に少し時間を要しましたが、彼は光と闇の二属性、性質は聖となります」 「ーーそれは、フェアルが獣神の使徒の可能性があると言う事か?」 レグラス様が低い声で問うと、ニケ神官はふるりと首を振った。 「いいえ、それはありえません。使徒は聖なる存在なので、光属性、聖の性質となります。ですがフェアル様は闇の属性もお持ちですので、使徒には該当しません」 耳でニケ神官の言葉を拾いながら、僕は胸をなでおろす。 使徒にどんな役割りがあるのか知らないけれど、僕の望みははここで静かに過ごす事だ。 だから、余計な波風が立たなくて良かったって、その時の僕は確かに安堵したんだ。 ようやく僕の足元に辿り着いたモグラが、今度はよじよじと僕の足を登り始める。手を出していいのか分からなくて、じっとモグラの動きを見守っていると、不意にニケ神官が告げた。 「フェアル様はアステル王国の、東の聖魔獣かもしれませんね」 聞き慣れない単語に、ぱっと僕が顔を上げてニケ神官を見ると、彼もまた僕の方をじっと見つめ、口角を持ち上げて感情の籠もらない笑みを作った。

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