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第88話

「聖魔獣とはなんだ」  レグラス様の問に、ニケ神官はゆるりと視線を巡らせた。 「私も、アステル王国の古い文献を読んだだけなので、詳しくは知りませんが……。話はアステル王国の建国の時代まで遡ります。アステルの初代国王が、かの地に巣食う強大な力を持つ魔獣を浄化して、東西南北に封じたとか」  ニケ神官はちらりと僕に視線を流し、再び話を続けた。 「初代アステル王国の浄化を受けて、聖に転じた魔獣……という意味で、聖魔獣と称するそうです」 「封じられた魔獣が具現するというのか?」 「文献では、国王の力が弱まった時に封じる力も弱まり、聖魔獣の力が地上に流れ出て、現し身に宿ると記されていました」 「国王の力が弱まった時……」  ニケ神官の言葉を繰り返すように呟くと、レグラス様はふと口を噤み、顎に手をかけて考え込んでしまった。  学院長も沈黙しじっとレグラス様を見ている。  重い雰囲気となってしまった場に、僕は居た堪れなさを感じて顔を俯かせると、ようやく膝の上まで登ってきた小さなモグラが、視界に入った。  てちてちと短い脚で膝の上を進むと、前足で僕の手にそっと触れてくる。 『君には見えている訳か』と、学院長は僕の挨拶の後に言った。とすれば、このモグラには実態がないはずだ。  だけどこうやって僕に触れてくるモグラの小さな手は、ひんやりと冷たさを感じさせる。冷たいけれど、その行動はまるで僕を励ますようでもあり、宥めるようでもあった。 「……ありがとう」  小さく小さく呟くと、僕の脳裏に嬉しげにはしゃぐ、少し幼い感じの声が響いた。  ーー使徒様だ、使徒様だ! きれいだね! かわいいね! ここに通うの?  もにもにと鼻面を動かしながら、モグラは小首を傾げる。目は体毛に埋もれているからよく分からないけれど、何となく僕を注視しているようだ。 「え?」  モグラが喋った事にも、その発言内容にも驚いて、僕は思わず声を上げた。するとその場にいた五人の視線が一斉に僕に集まる。 「どうされましたか、フェアル様」  ニケ神官が真っ先に尋ねてきたけど、彼の絡みつくようなねっとりとした視線に気後れして口籠ってしまう。僕の様子に気付いたレグラス様は、ニケ神官に向けていた僕の顔に掌を添えて自分の方に向けさせると、アイスブルーの瞳でじっと見つめてきた。 「どうした、フェアル?」 「あ、いえ……何でも……」  もごもごと返事をしていると、学院長が横から割り込んできた。 「今、フェアルの膝の上に土の精霊がいるのだが、もしかして何か喋ってきたか?」  

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