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第89話
どうやらあの声は学院長には聞こえず、僕にだけ届いたらしい。
皆に伝えて良いものか分からなくて、もう一度膝に視線を落とすと、モグラはもにもにと鼻を動かしながら、その短い前足で僕の手にきゅっと抱きついてきた。
何とも可愛らしい姿に、一瞬僕は言葉をなくす。
すると、僕の頬に当てられていたレグラス様の手が素早く動き、膝の上にいたモクラを容赦なく掴んだんだ!
ーーえ、精霊が見てないのに掴めるものなの!? というか、精霊を鷲掴みにしていいの??
驚きに目を見開く僕の前で、レグラス様の手の中のモグラは短い手足をぱたぱたと必死に動かしていた。
ーーはなして、はなして……。
「レグラス殿、精霊が嫌がっている。放してくれ」
「何故、学院に付いている土の精霊がフェアルを構う?」
警戒するように自分の手を睨むように見るレグラス様に、僕は慌てて声をかけた。
「レグラス様、僕は大丈夫なので、その子を放してください」
「コレに何か言われたんじゃないのか?」
「違います。これから学院に通う僕に挨拶をしてくれただけです」
今、ニケ神官がいる前で変に口籠ると、彼に勘付かれそうだったから、僕はきっぱりと言った。
モグラの言葉については、後でレグラス様に伝えればいい。
レグラス様は少しの間逡巡していたけど、僕のお願いを聞いてくれてモグラを放してくれた。ポイッとモグラを学院長の方へ放るという雑な方法ではあったけれど……。
「雑に扱うな。仮にも精霊だぞ」
流石に学院長も、それはどうかと思ったのか窘めるように言う。それに対して、レグラス様は不快そうに顔を顰めた。
「精霊の本質は気まぐれだろう。そんな性質の精霊が、今まで挨拶のためだけに現れた事があるか? 精霊が何をしようと一向に構わないが、フェアルに迷惑をかけるのは許さん」
そのレグラス様の様子が恐ろしかったのか、モグラは学院長の背中にもぞもぞと潜り込んで、その姿を隠してしまった。
モグラは、その姿も行動も可愛かったから、少し残念な気持ちで隠れた方を見ていると、レグラス様はすっと立ち上がり僕に向かって手を差し伸べた。
「学院長との挨拶も済んだし、魔力測定の結果も聞いた。もうこれ以上ここには用はない。行くぞ」
「え? でも……」
ちらりと学院長に目を向けると、彼はやれやれとばかりに肩を竦めた。
「全くお前は……。学生時代の方がよほど大人びていたぞ」
どうやら怒ってはいなさそうな学院長に見送られ、僕は学院長室を後にしたのだった。
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