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第92話
「バズは授業に参加するので、今日はこれでフェアルのサポートから外れます。私がこのまま校舎内の案内をしましょう」
アルトン先生がそう提案してくれたけれど、僕はそれを丁重にお断りした。
初めて来た場所だからか、さっきから気持ちがソワソワし始めていたんだ。その僕の心情はやっぱり尻尾に現れていて、自分の脚にくるりと巻き付いてしまっている。
そんな僕の様子に気が付いたのか、サグがそっと僕の肩を引いてくれた。
「アルトン先生もご自身の授業の準備があるでしょうし、問題ないのでしたら私達だけで回ってみます」
「そうですか?」
サグの言葉に、アルトン先生がちらりと僕を見る。留学生担当教諭なだけあり、獣人である僕の状態を何となく察知してくれたらしく、サグの言葉に快く頷いてくれた。
「勿論、貴方達だけで散策しても問題ありませんよ。ただし、私がさっき説明した事だけは忘れないでくださいね」
「迷子になったら、近くの扉に取り付けられたプレートに触れるということですね?」
「そうです。くれぐれも忘れないように」
そう念押しされたあと、僕達はアルトン先生と分かれて廊下の先へと足を進めた。
★☆★☆
「……で、一体どうしたんだフェアル?」
アルトン先生から離れて暫く経ってから、ソルが僕の顔を覗き込んで聞いてきた。僕を挟んで反対側に立つサグも心配そうに僕を見ている。
そこまで僕のことを心配してくれる二人に、今の僕の状況を説明するのは恥ずかしいんだけれど、言わないと彼らはずっと心配するはずだ。僕はもごもごと口籠りながら二人に告げた。
「初めての場所に長くいるせいか、僕の猫の習性が疼いちゃって……。ごめんなさい」
小さな声で謝ると、二人はきょとんとした顔になって瞬いた。
「――もしかして、公爵邸での時と同じ状態ですか?」
サグがすぐさま気付き、その言葉にソルも「ああ!」と声を上げた。
「あれか! 知らない場所は落ち着かないからって、暫く公爵邸をうろうろしてたな」
「はい。一通り歩いて、どんな構造か把握できたら落ち着くんですけど」
「それなら早速行きましょう。フェアルの不安が解消できるまで、あちこち存分に見て回りましょう!」
優しい二人に促されて、僕達は一つ一つ教室を見て回った。どうやら一階に主な教室は集まっているらしく、全部で十五の部屋があった。アルトン先生の説明通り、全ての教室の扉には銀のプレートが取り付けられている。
そのプレートをじっと見ていると、ソルが「そういえば……」と思い出したように口を開いた。
「初めての場所だと不安になるんだろ? 学院に到着して少し時間が経っていたのに、よくあの時まで我慢してたな」
「そうですね。我慢するのもきつかったでしょう? これからは直ぐに私達に言ってくださいね」
そう言ってくれた二人からそろりと視線を逸らして、僕は「えっと……」と言葉を詰まらせた。耳とか頬がかっかと熱くなる。絶対に赤くなってると思っていると、二人からの視線をバシバシと顔に感じた。
「え、何、その可愛い反応」
「――フェアル様?」
もの問いたげな雰囲気の二人に、僕は自分の手を合わせて、もじもじと指を遊ばせた。
「こっちの校舎に来るまでは、その……レグラス様が側にいたから……」
「――え?」
「はい?」
ソルとサグの声が重なる。え? 言わなきゃダメかな? 凄く恥ずかしいんだけど……。
ちらりと彼らを見上げて、僕はさっきよりも更に小さい、消えそうな声で言った。
「その、レグラス様が以前、自分が居る場所が即ちナイト公爵家だって言ってくれて。ほら、猫は家に付くっていうでしょう? だから、レグラス様の側は安心できるというか……えっと……」
「「うわぁ………、かわいー……」」
二人の声が完全に重なる。
「これはヤバい。こんな可愛い姿でこんな可愛いこと言われたら、閣下の鉄の理性も吹き飛びそう」
「『冷酷無残』な閣下にここまで懐く人がいるなんて、世の中何があるか分かりませんね」
よく分からない事言いだした二人を、僕はぱちぱちと瞬きながら見つめてしまった。
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