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第94話

でもそんな事をしても、現状は何一つ変わらない。僕は口元に握り締めた手を当てて、どうしたものかと途方に暮れた。 その時ふとアルトン先生の言葉を思い出す。 『もし万が一迷ってしまったら、どれでもいいので、近くの扉に設置されているこのプレートを指で軽く叩いてください』 僕はきょろきょろと辺りを見渡して、がっくりと首を垂れた。 「ダメだよ。扉どころか建物そのものがないもの……。どうしよう」 ぎゅっと目をつむって、ため息と共に呟く。……が、自分の言葉にはっと顔を上げた。 「あ!あの建物はどうなったんだろう」 こんな事態を招く切っ掛けとなった別館らしき建物。あれも消えてしまったのだろうか? ぱっと後ろを振り返ってみると、そこにはニ階建ての建物がちゃんと存在していた。 「何であれだけ残ってるんだろ……」 首を傾げてみても、理由が分かるはずがない。でもあの建物が学院の一部なら、もしかしたら扉に銀のプレートが設置してあるかもしれない。 そう思いついた僕は、取り敢えず現状を打破するために別館に向かって足を進めた。 その建物は淡いクリーム色をした石灰石の外壁と落ち着いた印象の濃紺の屋根で、校舎と比べると比較的新しく感じられる。 玄関の前に到着した僕は、大きな扉を見上げて「開けて大丈夫かな……」と少し悩む。 知らない場所というのは、猫獣人の僕にとって警戒すべき対象なのだ。 でも、この状況から脱する手掛かりは、どう考えてもこの建物にしかない気がする。 ごくんと唾を飲み込むと、意を決して取っ手に手を伸ばした。 ギィっと僅かに蝶番いを軋ませて扉を開くと、僕は恐る恐る中を覗き込んだ。 玄関ホールには高い位置にある窓から陽の光が入り、想像よりも明るい。ホールに降り注ぐその光は、淡い緑色染まってきらきらと輝いていた。 ーー何処かで見たことがある……? 風になびく薄手のカーテンの様にゆらゆらと揺らめくその光に、僕は既視感を感じて首を傾げた。 その時。 聞き覚えのある、少し幼い感じの声が聞こえた。 ーーいらっしゃい!ようこそ、精霊の館へ!ボク、使徒様を待ってたの! 嬉しげに響く声に、僕は学院長室で見たモグラを思い出す。そして、この既視感の理由にも気が付いた。 そうか。このホールの光って、学院長室で見た光の帳と似てるんだ。 僕はもう一度注意深く玄関ホールを見渡す。 するとフロア中央にある階段の親柱に、小さなモグラが後ろ足で立ち、僕に向かって小さな手を振っているのを見つけたのだった。

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