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第95話
親柱に立っていたモグラは、振っていた手を止めて小首を傾げて僕を見ている。僕が中に入ってくるのを待っているみたいだ。
「えっと、お邪魔します?」
僕は小さく声を掛けると、身体が通るくらいに扉を押し開き、恐る恐る中へと足を踏み入れた。
窓から差し込む光だけが光源の玄関ホールは、ひと気もなくひっそりと静謐を保っている。きょろきょろと辺りを見渡して、僕はモグラが待つ階段へとそろりと近付いた。
「精霊様が僕をここに連れてきたんですか?」
そう尋ねてみると、モグラはコクリと頷いた。
ーー僕、連れてきた。使徒様の側、コワい人間いたから、精霊の館に連れてきたの。
もにもにと鼻面をひくつかせて可愛く喋る。
コワい人ってレグラス様の事かな?
そう思いながら、僕は精霊と目線を合わせるために少し前屈みになった。
「僕に御用があるんですか?」
ーーうん、御用あるの。でもね。あのね。使徒様は神様の使徒だから、僕よりすっごく偉いの。だから僕に『様』つけちゃダメ。
モグラの言葉に、今度は僕が小首を傾げた。
「あの、その『使徒様』って僕のことですか?」
ーーそうなの。使徒様、初めまして、こんにちは。
ぺこりと頭を下げるモグラはとても愛くるしいけれど、その発言内容に僕は困惑して眉を顰めるしかなかった。
「何かの間違いじゃないですか? 神殿の魔力測定で、僕の属性は光と闇だって判定が出ました。性質は聖だけど、属性に闇があるから使徒じゃないと言われましたよ?」
ーー間違いじゃないよ、使徒様。使徒様は、みんな光と闇の属性を持つもの。
毛に埋もれて見え隠れする円らな瞳をきょとんと瞬かせたモグラは、短い前脚を胸の前で組み合わせてモジモジと指を動かした。
ーーボク、うんと前にも別の使徒様に会った事あるの。使徒様は闇の属性を持っていても、性質が聖だから間違えないもん。
むん! と胸を張ったモグラはもにもにと鼻づらを動かすと、はっきりとそう言い切った。
「じゃあ、本当に僕は使徒なの? でも何の実感もないし、何をすればいいのかも分からないよ?」
ーー心配ないの。あ、使徒様、こっちに来て、来て。
僕の服を小さな手で握ってくいくいっと引いたモグラは、その手をぱっと手を離し、ててててっ! と階段の手摺を上に向かって登っていく。その小さな背中を見送っていると、二階まで登ったモグラが振り返って僕を手招きした。
ーーこっち、こっち。
誘 われた僕は、一瞬躊躇する。でも改めて思い返してみると使徒の事って、僕の生国であるアステル王国や創世神の神殿も関わっている事だ。精霊様が詳しい情報を教えてくれるのなら自衛に役に立つかもしれないと、ふと思い付く。
僕は意を決して、モグラの後を追ってゆっくりとを階段を上り始めたのだった。
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