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第35話 異界の徒(5)

 4ー5 ヤーマン老  グラム・ヤーマン老は、その日、宵闇に紛れて娼館『シャトウ』を訪れた。  護衛らしい若い男たちは、娼館の外で待たせ、老人は、アンリに案内されて俺の部屋へとやってきた。  俺は、いつものテーブルではなく窓際のソファで老人をもてなすことにした。窓からは、春の女神の祭りのフィナーレを飾る花火が見えていた。  いつもより暗くされた部屋の中で俺と老人は、花火を見ていた。  俺は、老人の斜め前のソファに腰かけていたのだが、老人は、俺の入れたお茶を飲みながら嬉しげに花火を眺めていた。  祭りが終わる頃、老人は、帰り支度を始めた。  「楽しい春の祭りでした。こんなに楽しい祭りは久しぶりです」  「そうですか?」  俺は、老人の持ってきた鞄を手渡しながら彼を見送るために一緒に部屋を出ようとした。  そのとき。  一瞬、油断した俺の手を掴んだ老人が俺を引き寄せて顔を覗き込んだかと思うと、唇を重ねてきた。  それは、奇妙な感覚だった。  歯のない空間から延びてくる舌は、個別の生き物のように激しく俺の口内を貪り舌を吸ってきた。  「んぅっ!」  「ふぁっ・・」  すぐに唇を離した老人は、俺を見て悪戯が見つかった子供のような笑顔を浮かべた。  「ぜひ、また、お会いしたいものですな、ルシウス殿」  老人は、俺に囁いた。  「そのときを楽しみにしております」  ヤーマン老が去った後、アンリは、俺にきいた。  「『裏』は、どうする?」  「うん?」  俺は、ぼんやりと窓からヤーマン老が去っていった方向を見ていた。  「そうだな。次は、ちゃんともてなしてさしあげたいな」  俺が言うとアンリが信じられないものを見るような目で俺を見た。  「お前・・あの老人と寝る気か?」  「それは、まだ、わからないけど」  俺は、そっと指先で自分の唇に触れていた。  あのキス。  あれは、なんだったのか。  俺は、あの棒切れのような老人に興味を持っていた。俺は、アンリに向かって笑みを浮かべてみせた。  「少し、話をしてみたくなった」  「まあ、それならそれでもかまわんが」  アンリは、俺をじっと見つめた。俺は、暗闇に浮かぶ月を見つめて考えていた。  あの老人の何が俺を引き付けるのだろうか?

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