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第36話 異界の徒(6)
4ー6 真夜中のお茶会
グラム・ヤーマン老と俺の『裏』は、数日後に行われた。
その日、俺は、ルトに頼んでちょっとしたものを用意していた。それは、小麦粉を薄く溶いたものを何枚も焼いて間にクリームを挟んで重ねたお菓子だった。
前世では、決して珍しくもなかったのだが、この世界では、こういった手のこんだ菓子はなかった。
「『裏』にお菓子か?」
ルトが聞くので俺は、くすっと笑った。
「たまには、いいだろう?」
年老いても噂の男娼を抱きたいと思う老人がいるんだから、客を菓子でもてなす男娼がいたっていいだろう?
宵闇に紛れてやってきたヤーマン老は、また、護衛たちを外で待たせて俺のもとへと現れた。
ルトが老人を部屋へと招き入れると、老人は、俺の前のテーブルに置かれたお茶会のセットを見て目を丸くした後、すぐに歯のない口をあけて大笑いした。
「これは、これは。真夜中のお茶会とは、面白い趣向ですな、ルシウス殿」
テーブルについた老人のために俺は、手ずからお茶をカップへと注いだ。老人は、くんくんと鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。
「これは、南の方の茶葉ですかな?」
「そうです。さすがは、ヤーマン商会の会頭様ですね」
俺は、にこっと微笑んだ。
「この大陸の最も南で作られる茶葉です」
それは、王都では珍しいがそんなに高級なものではなかった。どちらかというと庶民のためのお茶だった。
俺は、ヤーマン老がお茶を一口飲むのを眺めながら話した。
「このお茶は、俺の母親が好んだものです」
「ほう、お母上が」
ヤーマン老が微笑した。
「思い出のお茶というわけですかな?」
「ええ」
俺は、頷いた。
「俺の母は、貧しくて。この安いお茶ですら買うことができないこともありました」
俺たちは、それからいろいろなよもやま話をして過ごした。
といっても主に話しているのは俺の方でヤーマン老は、微笑ましげにそれに耳を傾けていた。
夜更けに去っていくヤーマン老を俺は、護衛の男たちのもとまで送り届けると姿が見えなくなるまで見送った。
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