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第37話 異界の徒(7)
4ー7 男娼
「本気なのか?」
ルトに聞かれて俺は、ちらっとルトのことを見た。
「本気だよ」
それは、ヤーマン老との『裏』から2日後のことだった。
その夜、俺は、客としてヤーマン老を迎え入れるための準備をしていた。風呂に入り、念入りに体を磨き尻の洗浄をする俺の体にいつものように香油を塗り込めながらルトが訊ねた。
「なんで?」
「そんなこと」
俺は、ベッドの上に寝そべったまま答えた。
「俺が男娼だからに決まってるだろう」
そう。
俺には、客を袖にする権利が与えられている。だが、本来、娼婦男娼というものは客を選ぶことなどできないのだ。
「やけになってるのか?」
ルトが俺に訊ねた。
「ラグダム辺境伯が来ないからって、やけになってるんだろう?」
「まさか」
俺は、笑った。
確かにカークは、アンリが俺の身請けを断って以来この店に来ていない。もしかしたら心変わりしてしまったのかもしれない。そう思ったら悲しくて胸が痛くなる。
しかし、俺がヤーマン老を客として受け入れるのは、別にそのせいではない。
俺は、ヤーマン老が好きになっていた。
彼は、好感の持てる人物だ。
大陸1の豪商でありながらもまったく奢ったところもない。それどころか俺ごときにも敬意を払ってくれた。
そして、何より、あのキス、だ。
本来、『初回』で男娼に触れることは許されない。だけど、それを帳消しにしたくなるような老の笑顔だった。
「ただ、この人に抱かれてみたい、そう思ったんだ」
準備が整うと、ルトは、部屋から下がった。1人になった俺は、窓から空を見ていた。
美しい夜空だ。
漆黒の、月も見えない夜。
俺は、ふと、俺の闇魔法が嫌だからといって俺を追放した勇者たちのことを思い出していた。
ドアがノックされて、アンリがヤーマン老を案内してきた。
俺は、立ち上がると戸口までヤーマン老を迎えに行った。
老人は、俺のことをあの悪戯好きの子供のような笑顔で見つめていた。
俺は、部屋に入ってきたヤーマン老に跪くと恭しく頭を下げた。
「よくおいで下さいました、ヤーマン様」
俺は、ヤーマン老を見上げると告げた。
「今宵は、どうか、このルシウスと共にお楽しみくださいませ」
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