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第60話 恋と愛と欲望と(10)
6ー10 思いがけない客
建国祭の夜。
店は、たくさんの客で賑わっていた。
だが俺は、というと1人暇をしていた。
今夜は、俺の客は、いなかった。
「すっかりお茶をひいてるな、ルシウス」
1人、部屋で本を読んでいた俺に夕食を運んできたルトがにっと笑ったので、俺は、ぷぃっとそっぽを向いて舌を出した。
「仕方ないだろう。みんな、忙しいんだから」
ヤーマン老は、隣国に商談で出掛けているし、シャルは、建国祭のパーティーがあるとか。王太子殿下も同じくだ。
俺は、ふとカークのことを思い出していた。
カークは。
つい先頃、彼がとある伯爵令嬢と婚約したという噂をアンリからきかされた。
跡継ぎをつくることは、貴族のつとめだ。
彼が婚約したっておかしいことなんてないし、どちらかというと当然のことだ。それでも俺は、心にぽっかりと穴が空いたような気がしていた。
それは、アンリも同じだった。
「長い初恋が終わった。それだけだ」
アンリは、俺にそう話した。
俺は、本を置くとはぁっとため息を漏らした。
「まあ、飯でも食えよ、ルシウス」
ルトに言われて俺は、のろのろとテーブルへと向かった。今夜の夕食は、煮込んだ肉のシチューと白パンだった。それは、祭りのときの特別メニューだ。
俺は、白パンをちぎるとシチューに浸して食べた。ルトが隠し持ってきたワインを差し出してグラスについでくれた。
この仕事で何がいいって、食事がきちんと与えられることだ。しかも、今夜のようなごちそうの日もたまにあるしな。
俺が食事を食べているとなにやら扉の向こうが騒がしくなっているのに気づいてルトが廊下に出ていった。
ドタドタと足音が聞こえて数人の人が揉めているような声が聞こえてきた。
まあ、よくあることだ。
この『シャトウ』では、珍しいが客との揉め事は、娼館では、しょっちゅうある。
俺は、かまわず食事を続けた。
と、足音と共に騒がしい声が近づいてきて、いきなりドアがばたんと開けられた。
「ルシウス!」
顔をあげるとそこには、思いがけない人物がいた。
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