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星の灯 上

薄暗い廊下の奥でギギギィーという擦れる音が響く。 重く冷たい扉を開けると、扉の隙間からじめりとした空気が室内から漏れ出すのを感じた。 イギリスの夏とはいえ、やはり地下には湿気が溜まりやすいのだろう。 「ルーモス」 我輩は呪文を唱え、杖の先に光を灯した。 それから、ランプを探し出しこちらにも光を灯す。 石造りの壁がぼうっと浮かび上がる。 鈍く光を吸収するその壁は、何十年、いや何百年とその場にいた事を物語っている。 我輩は教室の奥へと進み、自分の書斎へ入っていった。 扉を開けると、薬草の匂いが鼻をついた。 昨日から煎じている薬の匂いだろう。 この匂いだとそろそろ完成するはずだ。 「やぁ、セブルス。今日はいつもより早いんだね。」 と、突然聞きなれた声が我輩の耳に届いた。 慌てて部屋を照らし出す。 いつもの見慣れた薬草棚と薬草瓶。 それから、座ると心地よく沈み込むソファ。 そして、テーブルの上には我輩の愛用している紅茶セット。 と、いつもなら居ないはずのボロ臭いローブを纏った人物を発見する。 しかも、人のソファに悠然と座っている。 挙句の果てには、その手に紅茶のカップを携えて。 「貴様っ!!我輩の部屋に勝手に入るなと何度言ったら解るのだっ!!!!!」 「しかも、そのくつろぎ様は何だっ!!!!!」 「そ、それにその茶葉は我輩がついこの間やっとの事で手に入れた高級茶葉と知っての振る舞いかっ!!!!!」 あまりの出来事に思わず人差し指で奴を指している自分がいた。 それなのに、何を動じる様子も無く奴は紅茶をすすっている。 「あ、そうなの?どうりで、このお茶匂いもいいし美味しいと思ったよ。」 瞬間、我輩の頭の中で何かが切れる音が響いた。 今日という今日は、もう我慢の限界だ。 「ルーピン。部屋から出て行ってもらおうか。」 我輩は極めて冷静に奴に言葉を投げつけた。 「そうかい?折角君とお茶が出来ると思って楽しみにしていたんだけれどな。」 「つべこべ言わず即刻出て行けっ!!!!!」 びしっと扉に向かって指を突き出す。 すると、さっきまでの態度と打って変わって、ソファから立ち上がり扉へと歩き出した。 我輩はそれを見て、ふぅと胸を撫で下ろした。 奴と関わっていると全くろくな事がない。 昔からそうだ。 と、扉の前で奴が振り返る。 「ところで、薬は何時頃出来るのかな・・・?」 「そうだな、匂い的にはもう良さそうだが・・・。夜中の2時といったところだろうか・・・。」 「そう、ありがとう。」 そして、奴は我輩の書斎から出て行った。 我輩は薬の出来具合いを見ようと、煎じ鍋の様子を覗く。 色も匂いもほぼ完成を告げていた。 もうひと煮立ちしたら、完成だろう。 と、ある事が我輩の脳裏を過ぎる。 我輩は先ほどまでルーピンがいたソファへと座った。 目の前には飲みかけの紅茶のカップ。 我輩はそれを手に取ると、鼻に近づけた。 「・・・匂いなどしないではないか。」 正確には、匂いがしないのではなく、鼻が麻痺を起こしていた。 それも、そのはずである。 この部屋には薬草の匂いが充満している。 嗅覚が麻痺すれば、必然的に味覚も麻痺を起こし始める。 匂いも、味も解るなどという事は有りえなかった。 奴の嗅覚が、野生へと近づいているという事か・・・。 いや、だったらなおの事麻痺を起こしているはずだ。 だとすると、何のためにあんなウソを・・・? 飲みかけのカップをそのままに、我輩は立ち上がると、バンッと扉を開けた。 なんとなく、気がかりでならなかった。 胸の奥のほうで、何かが引っかかっている。 「ルーモスっ!!」 真っ暗な教室を杖先で照らしながらずんずん進んでいく。 「セブルス?もう薬は出来たのかい・・・?」 突然の声に、我輩は咄嗟に振り返り杖を突き出した。 光に照らし出されたその顔は先ほど出て行ったはずの、リーマス・ルーピンだった。 「ルーピン!?貴様出て行ったのでは無かったのかっ!?」 「君の書斎からは出て行っただろう・・・?教室にいてもまずいのかい?」 脱力である。 「確か薬が出来上がるのは夜中の2時頃になるって言ってなかったかな・・・?」 「そうだが・・・。」 気力の抜けたまま返事を返す。 変に気を使ってしまった我輩が、全く馬鹿みたいである。 「ところで、急ぎの用でもあるのかい?ずいぶん慌てていたようだけれど。」 「・・・いや、何も無い。」 返事を返した後、我輩はしまったと思った。 そして、しまったと思った時には既に遅かった。 奴は、意味有りげな眼差しを我輩に向けていた。 「では、私と一緒に少し外を散歩でもしないかい?」 「わ、忘れていたが、我輩は煎じ薬の様子を見に行かねばならん。折角の誘いを断るには忍びないが、今回はこれで失礼しよう。」 「私の薬は、あと一時間半ほど煮詰めればもう完成だろう・・・?」 「確かにそうだが、火の具合が肝心なのでな。」 「確か、もう火の調子は変えず、小指の第一関節分の大きさを保てばそれで良かった筈だろう・・・?」 「兎に角、我輩は忙しいのだ!!」 「つい先ほど、特に用は何も無いと言っていなかったかな・・・?さぁ、行こうか。」 我輩は、自分の言葉を呪った。 奴ときたら小賢しい事この上無い。 なるほど、例の一味に属していただけの事はある。 そう、遠い昔、悪戯仕掛け人などと馬鹿げた連中がこのホグワーツを蔓延っていた。 今我輩の目の前にいるこの男、リーマス・ルーピンもその連中の中の1人だった。 「我輩は外に出る気など全く無い。貴様一人で行けばよかろう。」 そう、我輩は貴様のために使う時間などこれっぽっちも持ち合わせてはおらんのだ。 煎じ薬を作ってやっているだけ、ありがたく思われなければ困る。 「・・・そうか。では、私は一人で散歩する事としよう。」 リーマスは、そう言うと教室の出口のほうへ向かった。 我輩はそれを見て、わずかに安堵した。 奴と関われば碌な事が起きないと、我が身は知っていた。 ところが、安心したのもつかの間。 奴が再び我輩のほうへ振り返った。 「セブルス。君なら知っているかと思うけれど、月が満ちる直前は私も気持ちが高揚するんだ。それは、例え人間の姿であろうとも押さえられるものではない。・・・そんな私が一人で夜中校庭を歩いていても良いものかどうか、疑問なところだけれども。」 そして、至極真面目ぶった表情を我輩に向けた。 「私だったら、きっと見張りをつけると思うね。・・・じゃぁ、また2時に。」 そう言うと、奴は再び我輩に背を向けて出口のほうへ向かおうとした。 「ルーピン、待たんか。折角の申し出を無下に断る理由も無いだろう。我輩も行く事とする。」 奴は立ち止まり、我輩のほうを振り返った。 口許に笑みを湛えて。 「そうかい?今夜はきっと月が綺麗だよ。」

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