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真昼の月 2

「うっはー。つっかれたーっっっ。」 ぼすんという音と共に声が部屋中に響き渡る。 倒れこんだ先は、ふかふかで体を包み込んでくれた。 柔らかな感触が心地良い。 「あのさぁ。まだ俺たち、何もしてないんだけど。」 非難の声というより呆れたような声に近いものが俺の頭上に降って来た。 「あのなぁ。俺は堅っ苦しい儀式とかっていうのは嫌いなの。」 むすっとした顔で寝返りを打ちながら声の主に返事をする。 わざとらしく仰向けになったまま肩や首をコキコキ動かすとジェームズが苦笑した。 「君って良いトコのおぼっちゃんなんだろ?そんなのには慣れてるんじゃないの?」 苦笑いをしながら隣のベッドに腰を降ろす。 それから、自分も伸びをした。 「慣れてるのと、苦手なのは違うっつの。俺はじっとしてるのが苦手なんだよ。」 少しむっとして言い返す。 そう、慣れてるからといって得意だとは限らない。 俺はジェームズの言う通り、まぁそこそこな名家の出だ。 だからといって、退屈な儀式とか畏まった場が得意な訳じゃない。 慣れてる事は慣れてる。 でも、苦手な事は苦手だ。 俺はブラック家に生まれたからという理由で自分の事を決め付けられるのが嫌いだった。 そんなモノで人の価値なんか決まるものじゃない。 そういうモノのベールの上から俺を見る奴はすべからく嫌いだ。 そんなモノでしか価値を図れない奴なんて。 こいつもそうなのか、と思いフッと短く息を吐いた。 今まで出会った奴は皆そういう目で俺を見た。 名家の出だからと。 そういう理由で回りにちやほやされ、持ち上げられて皆の期待を押し付けられた。 幼い頃はほんの些細な事でも誉められるのが好きだった。 悪戯をしても誰も俺を本気で叱らなかった。 だけど、いつしかそれに嫌気が差して、嫌で嫌でたまらなくなった。 誰も俺を、俺という存在を直に見てくれる者は居なかった。 ホグワーツに来ればそんなしがらみから解放される。 誰も俺を知らない場所。 そんな風に、少しは期待を抱きながらここに入学した。 しかし、何処にいようが家柄というものは付いてくる物なのだと思い知らされた。 組み分け帽子を被るため俺の名前が呼ばれると、心なしか周りがざわめいた。 ジェームズの耳にも入ったに違いない。 隣の席に座った時、なんとなくそわそわしていた。 ただ、有難い事に俺に対する話し方は変わらなかった。 それだけでも、良かったと思うべきなのだろうか・・・ 「何だか君って変わってるよね。」 俺が物思いに耽っていると、唐突にジェームズが口を開いた。 「は?」 俺は眉間に皺を寄せると、不機嫌そうな声を出した。 「だってさ。普通、良いトコのおぼっちゃんっていえば妙に気取っていたりして回りにボロを見せないような所があるだろ。その点、君はボロボロだよね。」 ボロボロと言う言葉を聞いて、俺は心底驚いた。 何しろ今まで他人からそんな目で見られた事がなかったから。 「そうかぁ?俺は普通に振舞ってるつもりだけど。」 「んー、シリウスの言う普通っていうのが、おぼっちゃんとしてはボロボロなんだよ。」 そう言うとジェームズはクスクス笑い出す。 「なんか、君ってホントおぼっちゃんらしくないよ。あぁ、良い意味でね。」 一体何を言い出すのかと思ったら、そういう事か。 いつも俺はそんな下らない地位を蔑んできた。 だから普段はわざと砕けた言葉で話すし、行動だって思う通りに動く。 俺という存在が名前に霞まないように。 俺はフンと鼻を鳴らした。 「あー、ハイハイ。俺は変わってますよ。」 手をひらひらとジェームズに向って振ってやる。 そして眉間に皺を寄せながら、天井を見上げた。 ジェームズの笑う声がする。 「本当に変わってるよ。君ってば、案外粗野だし、鈍感だし。」 言いながらもクスクス笑っていて、今にも噴出しそうだ。 「はぁ?俺はこう見えても素直で純だぞっ!!」 言うが早いか、ジェームズが堪えきれなくなりぶっと噴出す。 顔を向こうに向けると、お腹を抱えて苦しそうに喘いでいるジェームズの姿が映った。 「っ君ってば、純は純でもっ単純だし。・・・っ 素直は素直でもバカ正直だしっ!!!」 ばふっ!! 一瞬ジェームズの動きが止まる。 手直にあった枕を投げてやったら、見事に命中した。 その見事さに思わず俺もぷっと吹き出す。 と、その瞬間。 ばふんっ!! 突然何かが顔の上に吹っ飛んできた。 俺が目を白黒させていると、ジェームズの声が響く。 「シリウス・ブラック。ジェームズ・ポッターに敗れたりっ!!」 「やったなーっっっ!!」 俺は反射的にベッドから跳ね上がり、仁王立ちになってジェームズ目掛けて枕を振り下ろす。 ところがジェームズのほうが早かった。 さっと避けると、自分の枕を引っつかみ投げつけてくる。 「くそっ。おい、逃げるなっ!!」 「逃げるなと言われて逃げないバカが何処の世界にいるんだい?」 ジェームズの勝ち誇ったような目が眼鏡の奥で光る。 俺も負けじと思い切り枕を投げつけた。 「うわっ、ストップ、ストップ!!タイムっ!!」 「お生憎様っ!!ストップと言われて”はい、そうですか”と引き下がるバカじゃないんでねっ!!」 お互い一歩も譲らない。 しばらく枕を投げつけて、息を切らし始めた頃、ジェームズが切り出した。 「あー、もうやめやめっ!!・・・このままだと一生終わらないよっ。」 「・・・そうだなっ。この勝負、っ一時お預けにした方が良さそうだっ。」 ふーっと息を深くつくと、心臓が治まってきた。 いつの間にやらぐちゃぐちゃになった俺のベッドの上にジェームズもあぐらをかいている。 枕を抱えたまま、俺を見てニヤついていた。 「君って面白いヤツだよな。」 「お前もなっ。」 俺もジェームズを見てニヤっと笑った。 「ところでさ。例のボロローブの子。」 「あぁ。」 ジェームズが話題を切り出す。 俺には何を言わんとしているのかすぐに見当がついた。 何しろ俺も気になっていた事だったのだ。 ジェームズにとっても俺同様だったらしい。 「あの子、組み分けに参加してなかったよね。てことは俺たちより上の学年だよね。」 「かもな。でも、俺が見た限りではどの寮テーブルにもアイツは居なかったぜ。あれだけ目立つのに見落とすってのも考えにくい。」 「それなら俺も気になって目を光らせていたよ。シリウスの言う通り居なかった。」 「もしかしてホグワーツとは関係無い奴なのか・・・?」 「じゃぁ何故あんな所でダンブルドアなんかと立ち話してたんだろう?ホグワーツには関係している筈だよ。」 俺は答えに詰まってしまった。 何のためにダンブルドアとあの場所で会ったのだろう。 何故ホグワーツに現れないのだろう。 ジェームズの顔を見てみると、ジェームズも俺と同じように答えに詰まっているようだった。 悶々とした時間だけが過ぎていく。 俺はやり場を失った思考で何か無いかと考えを巡らせた。 目だけが空を彷徨い、ちらちらと視線を走らせる。 天蓋付きベッドが4つと比較的大きな出窓。 何も不思議な処は無い。 しかし、何かが足りないような違和感が俺を襲った。 ベッドが4つ。 しかし・・・。 「・・・・ジェームズ。」 ちらりとジェームズの顔を見る。 半分枕に顔を埋めたままの目が俺を捕らえた。 「この部屋って何人部屋だ?」 とたんにジェームズは顔をしかめた。 期待していた言葉とは全く関係のない言葉が俺の口から出たからだろう。 ついにおかしくなったかという顔をしながら質問に答える。 「4人だよ。」 ぶっきらぼうに答えてから、言葉を続ける。 「見れば分かるだろ。ベッドが4つある。君はいつも二人で寝てるのか?」 不機嫌そうなジェームズの問に「そんな訳ないだろ」と返す。 手短に答えると、ジェームズはまた自分の世界に入り込もうとしていた。 ふーっと息を吹く。 前髪が揺れるのを感じた。 「お前はいつも2つのベッドで寝てるのか?」 唐突に切り返す。 すると、今度は何だよと明らかに迷惑している眼差しを俺に向けた。 俺はジェームズの態度を気にする事無く続ける。 「ベッドは4つある。だけど、トランクは3つだぜ。」 言われた事で、ジェームズは後ろにある二つのベッドを振り返った。 ドア側のベッドにはトランクがあった。 しかし、窓側のベッドには何も無い。 しばらくしてジェームズが俺に顔を向けた。 「元々、いないとか。」 「じゃぁ何で5人部屋があるんだよ。部屋割り間違えたなんて事があると思うか?」 不意を突かれて機嫌を損ねたらしいジェームズは顔をしかめる。 「それで、そのボロローブの子が、どう・・・・」 眉間に皺を寄せたまま詰め寄ろうとしたジェームズが突然言葉を切った。 そしてはっとしたような顔をする。 「まさか・・・。」 「そのまさかだったら、どうする?」 お互い息を呑もうとしたその時。 カチャっという音と共に、部屋のドアが開いた。 背が小さくてぽっちゃりとした男の子が立っている。 身なりもきちんとしていてローブも真新しい。 俺は心の中でなんだと舌打ちした。 隣でジェームズの息を吐く音がする。 中に入ろうとした男の子は俺たちに気付いて足を止めた。 「あ、あの僕ここの部屋になったみたいで、よ、よろしく。」 男の子は頬を紅潮させている。 ジェームズがそれに愛想良く、「やぁ」と声を掛けた。 俺もなるべく愛想良く返事をしてやろうと思って片手を上げる。 口を開きかけた時、ぽっちゃりとした男の子の後ろで空気が揺れた。 「あと、この子も同じ部屋になったんだ。列車に遅れちゃったらしくて。校長先生に一緒の部屋だからそこまで案内してくれって頼まれたんだ。」 「よろしく。」 ぽっちゃりとした男の子の隣に並びながら、その子はにっこりと微笑んだ。 片手に大きなトランクをぶら下げている。 やけに使い古されたトランクを持っていたのは、あのホグワーツ特急のホームで見かけたボロローブの子その人だった。

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