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真昼の月 3

プスッ。 軽快な音を立ててフォークにウィンナーが刺さる。 俺はそのウインナーをフォークに突き刺したまま暫くぼぅっとしていた。 頬杖を附きながら皿の上のものを眺め回す。 視線を前方の皿へと走らせる。 そして、また前方へ。 テーブルの端まで突き当たった視線の先に、白くほっそりとした手と継ぎ接ぎの当てられたローブが目に入った。 鷹色の髪が光に当たってクリーム色に見える。 俺の視線に気付いたのか、ふと手を休め、にこっと微笑んだ。 彼の名前はリーマス・ルーピン。 昨日の晩そう名乗った。 「よろしく。」 にっこりと笑って挨拶をした後、彼は自己紹介をした。 「僕はリーマス・ルーピンって言うんだ。君達の名前は・・・?」 隣に居るジェームズのゴソゴソ動く気配がする。 俺は彼に目が釘付けになり、手を上げ口を開きかけたまま静止していた。 「俺はジェームズ・ポッターだよ。こっちでアホ面を君に向けているのがシリウスだ。」 しばらくの間が空いた後、ジェームズが口を開いた。 アホ面と聞いていつもなら睨みつけてやるところだが、今はそれどころでは無かった。 口を開くので精一杯だった。 「・・・俺はシリウス・ブラックって言うんだ。・・・よろしく。」 やっとの事で喉から言葉を出すと、深呼吸する。 声はかすれていて強張っていた。 そんな様子にジェームズは不思議に思った事だろう。 ジェームズの視線が自分の横顔に注がれるのを感じた。 「あのさ。ところで、君の名前は?」 間をなんとか持たせようと、ジェームズが彼の隣にいるぽっちゃりした男の子に声を掛ける。 声を掛けられるまで、何事だろうかと俺と彼の顔を遠慮がちに見比べていた。 それが突然、自分に話を振られたものだから動揺したのか、また頬が紅潮し始める。 「ぼ、僕は、ピーターだよ。ピーター・ペティグリューっていう名前だよ。改めて、よろしく。」 消え入りそうな声でそれだけ答えると、恥ずかしそうに俯いた。 「ふーん、そうか。多分これから先もずっと同じ部屋で過ごす事になるだろうからお互い仲良くしような。」 ジェームズがとりあえずひとくくりにまとめると、続いてこう言った。 「明日からはすぐに授業が始まるし、荷物の整理もしとかなきゃならないと思うから挨拶はこのくらいにして、そろそろやるべき事を始めるか。」 そう言うとジェームズは立ち上がり自分のベッドへと戻っていった。 ジェームズが動いたのを見てピーターもいそいそと準備を始める。 彼もトランクを抱えて空いているベッドへと歩いていった。 開いていたのは俺のベッドの反対側の窓際だった。 そう、俺のベッドも窓際なのだ。 未だに上げたままの左腕をゆっくりと下ろす。 そして、閉じられて誰も居なくなった扉を見つめたまましばらく動かなかった。 「シリウス。君も準備したほうが良いと思うんだけど。初日から忘れ物なんてしたくないだろ?」 何もしない俺を見兼ねて、ジェームズが声を掛けてきた。 でも俺は、そんな気分じゃなかった。 がしっとベッド脇のカーテンを引っつかむと思い切り引いた。 勢い良く引いたものだからズシャーッっという音を言わせながらカーテンがなびく。 「おい!?シリウス?」 突然、俺がカーテンを引いて周りとの関係を絶ってしまったものだからジェームズが困惑したような声を掛けた。 「俺、疲れたからもう寝る。朝準備するからいいだろ。朝は強いから4時にでも起きられる。」 それから、すっぽりと体に毛布を撒きつけて、頭まで被った。 しばらくジェームズの声が聞こえたが、諦めたのか何も声がしなくなった。 物凄く、嫌なものを見てしまった。 俺はよく社交の場に連れ出されていたから分かる。 でも、今まであんなものは見た事が無かった。 あそこまで、強烈な作り笑いを見たのは生まれて初めてのことだった。 彼の目は一見明るい色をしていたが、全ての光を吸収するかの如く底知れない闇が隠されていた。 今までに何度もあの顔を作って来たのだろう。 昔は卑屈そうに歪んでいたであろう口元は、数を成して顔に張り付いたものとなっていた。 視線を這わせた先に彼の笑顔と言われるものを見た。 やはり、昨日と変わらない瞳がそこにはあった。 目が合った瞬間、全てを奪うかのような暗闇が覗いた。 俺は慌てて目を逸らす。 そして再び、フォークに刺さったままのウィンナーに目を落とした。 と、何やらわき腹を小突かれた。 チラリと視線を隣に向けると、訝しげに眉を潜めたジェームズの顔があった。 「おい、シリウス。君、態度に出すぎ。」 視線は自分の皿に落としたまま、ジェームズは声を潜める。 俺はフォークの先のウィンナーを見つめたまま黙っていた。 何も喋ろうとしないので、ジェームズは軽くため息をつく。 「何が気に入らないのか知らないけれど、俺はゴタゴタするのは御免だらかね。シリウスがリーマスの事をどう思おうが俺の出る幕じゃないけれど、少なくとも俺は仲良くしようと思う。」 静かにそれだけ言うと、ジェームズはサラダを口に運んだ。 それから例の秘密について話始めた。 「なぁ、何故列車に遅れただなんて嘘をついたのだと思う?」 しかし俺は、その質問を手で振り払った。 「俺はお前の邪魔をする気は無いぜ。仲良くしようが何しようが、好きにすればいい。」 答えながらフォークの先のウィンナーを持て余す。 「ただ、もうこれ以上あの件に足を踏み入れる事だけは反対する。俺たちは、見てはいけないんだ。」 ジェームズがこちらを振り向く。 俺がこの件から手を引く事が、以外だったのだろうか。 更に俺は、念を押すように付け加えた。 「いいか。俺たちは知ってはいけない事を知ろうとしてたんだ。」 ジェームズは物問いたげな視線を投げた。 俺は黙って皿の上のウィンナーを見続けた。 しばらくの沈黙が続いた後、ジェームズが口を開く。 「わっかた。誰でも知られたくない秘密の一つや二つあるものだ。ただし条件付だ。」 条件と聞いて一体何を言い出すのかと困惑した。 知っても良い条件などある訳が無い。 本人が口にしない限り。 「自ら進んで詮索するような事はしない。だがもしも、これ以上の情報が俺たちに入ってきてしまった場合。流石にそれに目を瞑る事など出来ない。本人が口にしない限りその秘密は守り通すが、それが難しくなった場合、本人にきちんと知ったことを告げる。」 ジェームズが言っている事はもっともだった。 俺だって、これ以上知ってしまった場合知らないふりを通せるかどうか・・・。 「・・・わかった。」 仕方なく俺も同意した。 「ところでさ。」 ジェームズがこちらを向く。 「君はリーマスの何が気に入らないんだい?」 「は?」 突然の質問に俺は動揺した。 それを察したのかジェームズがニヤリと笑う。 「だからさっきも言ったけど、君の態度でバレバレだよ。ほんと、バカ正直なんだから。君、嘘はつかないほうが良いよ。」 「そりゃ、ご忠告どうも。」 俺はムスっとして、先ほどから刺しっぱなしになっていたウィンナーを乱暴に口に押し込んだ。 ジェームズが続ける。 「で?」 「あ゛ー、もう分かったよ。あいつの顔。」 「は?」 今度はジェームズが頓狂な声を上げる番だった。 まぁ、顔が嫌いだなんて訳の分からない答えもいいところなのは確かだけど。 誰でも顔の事を言われた処で、変えられるものじゃ無いからな・・・。 「顔っ・・・って・・・。」 思った通り、怪訝そうな返事が返ってきた。 「顔は顔でも、あいつの作り笑いが大ッ嫌いな訳。」 しれっとして返事をしたあと、ポテトを刺すと口に運んだ。 「作り笑い・・・?」 ジェームズが問い返す。 「そう。あいつ、微笑んでるようだけど、実は違うぜ。俺はあいつのあの顔を見ると背筋がぞっとする。」 「そうかな。俺には優しそうな笑顔にしか見えないけど。」 すかさず俺は鼻をフンと鳴らしてやる。 「だから、これは社交の場に何度も連れ出されたようなヤツじゃなきゃ分かんねーの。あいつ、今まで相当長い時間を掛けてあの笑顔を作り出したんだと思うぜ。裏じゃ何考えてるか全く分かんねぇ顔だ。」 言い終わるとスクランブルエッグをかき集めて口に放り込んだ。 その様子をジェームズはまじまじと見つめる。 「ふうん。にしても、その乱暴な食べ方じゃイマイチ説得力に欠けるよねぇ。」 そういうと自分もスクランブルエッグを口の中に掻き込む。 「お前も人の事言えた口じゃないぞ。」 もごもごと口を動かしながらジェームズの食べっぷりに中ば感銘を覚えながら言った。 そして、ニヤリと笑ってやる。 すると、何故かむすっとしたジェームズの顔が振り返った。 「だってもう、時間が無いだろ。見ろ。俺たちが長話してる間に殆どのヤツが食べ終わってるよ。しかも、今日の最初の授業はスリザリン寮監の魔法薬学だぞ。」 スリザリンと聞いて、俺はむせ返る所だった。 「うぇっ、マジかよ。魔法薬学ってスリザリンの寮監なのか!?」 「そうだよ。君も少しは急げよ。」 ジェームズは片っ端から皿の上の物を詰め込むと席を立った。 慌てて俺も一通り口に詰め込むとジェームズの後に続いた。 胸をトントンと叩いて喉につかえそうになった物を飲み込む。 「なぁ、なんでそんな重要な事俺に教えてくれなかったんだよっ。俺、何も予習してねぇよっ。」 ジェームズの肩を掴み、声を投げる。 するとやんわりと腕を振り払われてしまった。 「そんな事言ったって君、昨日俺たちより早くに寝ちゃっただろ。自業自得だよ。」 それから振り返り、ニヤリとして続ける。 「カエルチョコレート5箱で救済してあげてもいいけどね。」 「わかったっ。何かあったら頼む。」 こうして、一波乱ありそうな授業へと重い足を向けたのだった。 それと、もう一つ。 この先、あの秘密がこれからどんな影響を及ぼしてくるか気掛かりでならなかった。 なるべくなら、避けて通りたいと思っていた。 しかし、一度知ってしまったことでもう後には引き返せない事を知るのだった。

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