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真昼の月 4
甘いお菓子と苦いお菓子。
甘いほうが美味しいに決まっていると思ってた。
でも本当に美味しいお菓子は苦さも必要だと知った。
甘い事も、苦い事もどっちもバカにしてはいけない。
太ったレディーの肖像画の扉が開いた瞬間、待ってましたとばかりに談話室中に歓声が轟いた。
「っしゃぁ!!!!!グリフィンドールに乾杯っ!!!」
談話室にはグリフィンドール寮生の殆どが詰め掛けており、あちこちでクラッカーを鳴らし、バタービールを掲げている。
クラッカーが鳴る度に、ビーンズだのクッキーだの飴玉などが飛び出すので、そこらじゅうがお菓子で埋め尽くされている。
寮の真中のテーブルには厨房から貰ってきた、糖蜜パイやヌガーやカボチャジュース、甘くてとろけそうなチョコレートケーキ、種々様々なフルーツ盛りなどが所狭しと並んでいた。
「とうとう、スリザリンを打ち負かしたぞっ!!!」
俺も他の皆に交じって今日の英雄達を出迎えた。
「ほんとっ!!流石グリフィンドールっ!!」
隣でジェームズも大声で叫ぶ。
そう、誰もがこの日を待ちわびていたのだ。
1学期も終わりに差し掛かろうとした、11月下旬。
兼ねてから待ちに待った、グリフィンドールVSスリザリンのクィディッチ戦の火蓋が切って落とされた。
中盤に差し掛かっても勝負は五分五分。
それどころか、段々スリザリンがリードし始めて点差が開きかけていた。
スリザリン応援席が湧き上がるのとは逆に、グリフィンドール応援席では落胆の色が出始めてきた頃。
スリザリンのシーカーがスニッチを見つけて猛ダッシュで突っ込んでいく。
それに気付いたグリフィンドールのシーカー。
取られて堪るものかと懸命にスニッチに向って飛び出した。
しかし、普通ならどう考えても間に合わない。
誰もがスリザリンの勝利を思い浮かべていたその時。
なんとスニッチが、グリフィンドールのシーカーに向って飛んでくる。
このままだとシーカー同士でぶつかってしまう。
ところが、グリフィンドールのシーカーもスリザリンのシーカーも、手を引くどころかなおもスピードを上げてお互いに突っ込んでいったのだ。
ついにもう引き返せない。
バキっという鈍い音がした。
すると、あろうことかグリフィンドールのシーカーが地面に向って落ちていく。
箒は空中で真っ二つに折れ、散らばった。
スリザリンのシーカーはといえば、体当たりで痛手を負ったもののまだ試合を続行出きる状態だ。
グリフィンドールのシーカーは成す術も無く、無残にも地面に叩きつけられた。
ホイッスルが鳴る。
スリザリン応援席で歓声がワっと上がった。
グリフィンド-ルのシーカーはきっと再起不能だろう。
こうなればスリザリンの勝利が約束されたも同然だった。
グリフィンドールはシーカーの居ないまま試合に負けるのだ。
救急班がグリフィンドールのシーカーに走り寄って行く。
グリフィンドール応援席は、今やしんと静まり返り物音一つしない。
それに引き換え、スリザリン応援席はといえば、いよいよ盛り上がり旗をブンブン翻している。
誰もが固唾を飲んで見守る中、救急班がグリフィンドールのシーカーをタンカに乗せようとしていた。
ところが、どうした事か。
グリフィンドールのシーカーはタンカに乗るのを頑なに拒んでいるようだ。
救急班が止めるのも聞かず、賢明にも立ち上がり片手を頭上にかざす。
グリフィンドール応援席もスリザリン応援席も、どうしたのだろうと首を傾げた。
雲から太陽が姿を現した時、頭上にかざしていた右手がキラリと光る。
するとさっきまで静まり返っていたグリフィンドール応援席にだんだん熱気が帯びてきた。
次々と立ち上がり拍手をし、歓声を上げる。
スリザリン応援席はしばらく呆然としていた。
それから、段々いきり立つ。
しかし、グリフィンドールの大歓声にもみ消された。
グリフィンドールのシーカーの手にはしっかりとスニッチが握られていた。
グリフィンドールは試合に勝ったのだ。
「おい。あの瞬間のスネイプのアホ面見たか!?口をあんぐり開けて、目玉が飛び出るほどだったぜ。あんなにマヌケな顔をした奴を見たのは生まれて初めてだっ。」
俺は爆笑しながら、ジェームズに叫んだ。
するとジェームズも叫び返す。
「見たよっ。スネイプにあんな顔をさせられるなんて夢にも思ってなかったよっ。」
ジェームズはそう叫ぶとバタービールをぐいっと飲み干した。
それから向こうにいる二人にも大声で叫んだ。
「おいっ。ピーター。リーマスっ。君たちもこっちに来て一緒に騒がないかい?バタービールがあるよっ。」
階段の上にピーターとリーマスは立っていてクラッカーを鳴らしていた。
俺たちは様子を見てくると言って先に階下に下りたのだ。
呼ばれて、少し戸惑っているようだったが人ごみを掻き分けてこちらに向ってやってくる。
俺はすかさずジェームズに声を掛けた。
「なぁ。俺がリーマス苦手なの知ってて、なんで一緒にいさせようとするかなぁ?」
ふて腐れながら大声で話し掛けると、ジェームズがニヤリと笑った。
「君は好きにしろって言ったじゃないか。シリウスが何と言おうが、俺にはリーマスと仲良くする権利があるんでね。」
そう大声で言うと、そこにあるフルーツに手を伸ばす。
楽しそうに笑っているジェームズが、憎たらしく見えた。
俺はリーマスが苦手だった。
あの笑顔を見る度に、冷たい湖の底に突き落とされたような気分になる。
笑っていなければ尚更、彼の目に光が吸い込まれて消えているかの様に思う。
例えるならば、まるで、光を吸い込むブラックホールといった所では無いだろうか。
全ての明るいものを吸い込み、暗闇に変えていく。
だから、彼の顔を直視することが出来なかった。
今までに、何度か会話をすることはあった。
でも、いつもそんな時は目を反らしていた。
腹の中では何を考えているのか分からないリーマスと話をするのは、気持ちが悪かった。
だから、今日もなるべく離れていたくて上手く理由をつけて逃げたのに。
ジェームズときたら、まるでお構いなしだ。
ジェームズを横目でギロリと睨み付けてから、バタービールを一気に胃に流し込んだ。
「あ。ほんとだ。バタービールだ。僕、好物なんだ。」
おたおたしながら人ごみを掻き分けて、やっとピーターとリーマスがやってきた。
早速お目当てのバタービールを見つけたピーターは、ジョッキに手を伸ばす。
リーマスはといえば、相変わらず暗い瞳のままそこに佇んでいた。
俺は俺で、なるべくリーマスを見ないようにしながらそこに転がっていた百味ビーンズに手を伸ばした。
正直言えば、その場から席を外して逃げ出したかった。
けれど、それではあからさますぎる。
部屋が同室なので何かと会話をする機会も少なくない。
リーマスは俺の事を好いてくれこそしないようだが、嫌っているようでもなかった。
これ以上、彼との関係をぎくしゃくさせる必要も無いと思う。
少なくとも俺自身はリーマスに対する敵対心は持っていない。
ただ、あの目が苦手なだけだ。
付きも離れずもしない、微妙な距離をお互いに保っている。
そんな俺達を周りがどう思おうが、関係無い。
これは二人の問題だ。
きっと。
ところが、ジェームズにはそれがもどかしかったのだろう。
何かと仲良くさせたがる。
この間も、またこの間も、そして今日も。
ついに痺れを切らした俺は、ジェームズに詰め寄る事にした。
他の奴らに気付かれないよう、そっとジェームズのわき腹を肘で突付いて気を引く。
そして、むっつりとした顔はテーブルに向けたまま「いい加減にしてくれないか。」と告げた。
しかし、ジェームズの答えは俺の予想に反したものだった。
「そんな事言ったって君。俺たちがどれだけ居づらい思いをしてるのか知ってるかい?」
いかにも疲れきったような眼差しを俺に向けながらジェームズは言った。
そして、ため息混じりに続ける。
「君がリーマスとピリピリしていると、それだけで空気が張り詰めるっていうかさぁ。」
「仕方ねえだろ。苦手なんだよ。前にも言ったろ。」
口を尖らせながら、ジェームズに言葉を投げる。
すると、少し考え込む素振りを見せた。
あと一押しすれば、しぶしぶ納得してくれるかもしれない。
俺が口を開きかけたとき、ジェームズが話かけてきた。
しかも、謎の微笑を浮かべて。
「なら克服すればいいじゃないか。」
「は?」
「うん、そうだな。それが一番だ。」
ジェームズは一人合点すると、更に「頑張れよ。」と付け加える。
ジェームズの言ってることが、何が何だかさっぱり解らない。
何だか嫌な予感がするのは直感で解った。
彼が意味深な笑顔を向けるときは大抵、いたずら間際なのだ。
そんな事を考えながら、ジェームズの顔を一心に見つめていた。
眉間に皺を寄せながら。
突然ジェームズが俺の首に腕を回す。
「お、おい?ジェームズ?」
「いいから、いいから。」
しばらくジェームズの言動に付いていけなかった俺は、されるがままに引っ張られていく。
そしてあろうことか、リーマスのまん前まで連れて来られてしまった。
「おいっ、ジェーム・・・。」
「リーマス。このチョコレートケーキ美味いよ。食べてみたら?」
ジェームズは左腕の俺の頭を無視すると、爽やかな笑顔と共にリーマスに言葉を掛ける。
言葉を遮られたので、ジェームズの顔を睨みつけてやりたかった。
しかし、目の前にリーマスがいる手前そうもできない。
俺はなるべく自然に振舞いながら、視線を顔より下に落とした。
「そうなの?」
返事をするリーマスの声は相変わらず穏やかだった。
「あぁ。ほら。口開けてみて。」
「え?」
「ん、ほら。」
ジェームズの言葉に彼は戸惑っているようだった。
しかしそれには気にも止めず、ジェームズは左手の皿からケーキを一口フォークで取るとリーマスの口に運ぶ。
「美味いだろ?」
ジェームズは相変わらず笑顔を彼に向けている。
俺はその場を逃げ出したかったが、ジェームズの腕がそれを許さない。
それに俺の首を挟んでいる手にケーキの乗った皿を掲げているので、下手に暴れるとチョコレートまみれに成り兼ねなかった。
なんとか逃げるタイミングを見計らおうと、ジェームズの顔をチラリと盗み見る。
口元をほころばせたジェームズの顔が映った。
それには何故か、無性に腹が立った。
まるで、その場に俺が居ないかのようにジェームズは振舞っている。
気分が悪い。
「うん。美味しい。」
しばらくして、リーマスは答えた。
そうだろう、と言わんばかりにジェームズが笑顔を向ける。
相変わらず俺は無視されたまま、その光景を見せ付けられていた。
ジェームズはまたケーキをフォークで取るとリーマスの口に運び始める。
今度はリーマスも素直に従い、口を開く。
楽しそうに笑うジェームズに腹を立てながら、俺はずっとその光景を見ていた。
チラリ、チラリとフォークの動きに合わせてジェームズとリーマスの間を視線が往復する。
「君も食べるかい?」
ケーキと口を往復するフォークの動きが止まる。
おや?と思いジェームズを見ると、ジェームズのほうも俺を見ていた。
しばらく、ジェームズの顔を覗く。
「君も食べるかい?」
もう一度同じ言葉を繰り返したジェームズは、俺の頭を解放した。
そして、リーマスの時と同じようにケーキをフォークに取り、差し出してくる。
俺は誘導されるがままに口を開いた。
ふわっとした食感としっとりとした食感が同時に口の中に入ってくる。
チョコレートムースが口の中に広がる。
チョコレートは口の中でトロリと溶ける。
甘いムースとほろ苦いチョコレートが絡み合う。
ケーキとはこんなに美味しいものだっただろうか。
ぼぅっとする頭でそんな風に思っていると、突然何かで髪の毛をくしゃくしゃとかき回された。
頭を上げると、笑顔でこちらを見ているジェームズの顔があった。
「美味いだろ?」
リーマスに言った言葉と同じ言葉を、俺にも掛けた。
笑顔で言うジェームズを見るのは、嬉しかった。
俺もリーマスも、ジェームズにとっては同じ友達なんだとようやく気付かされた気がした。
今までの俺を恥ずかしく思う。
改めて、リーマスのほうを見る。
相変わらず瞳の中が暗いように見えた。
やはり、気味が悪いし苦手だと思う。
でも、ジェームズまで巻き込んではいけない。
それに俺はリーマスの事を何も知らない。
知らなければ、何も解決などするはずは無かった。
「このケーキ美味いよな。」
笑顔でリーマスに話し掛ける。
もしかしたら、俺自身が気付かないだけで顔が引きつっているかもしれない。
でも、そんな事はどうでもいい。
まずは話し掛ける事が重要なのだから。
初めて俺から話し掛けて来た事に驚いてか、少し体を強張らせる。
しかし、ゆっくりと口元をほころばせた。
「美味しいね。」
「俺、向こうのケーキ取ってくるなっ。」
くるりとテーブルに向きを変える。
人でごった返して、隙間隙間からしかテーブルが見えない。
やっとケーキを見つけるとそちらに向って足を踏み出す。
足を踏み出しながら、それまで右隣で俺達を観察していたピーターの頭を、くしゃくしゃとかき回した。
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