11 / 30
真昼の月 5
窓から漏れてくる青白い月光。
その薄明かりの中に照らし出された、ぼんやりとした影が一つ。
かすかに揺れる空気に乗って、かすれたような歌声が耳に届く。
この声は誰の?
まだ冬の寒さが残っている3月中旬。
グリフィンドール談話室は、この日もいたずら仕掛け人達の手によって騒がしかった。
「へぇー。マグルってずいぶん可笑しな物を持っているんだね。」
ピーターは豆電球を取り上げると、しげしげと眺め回した。
「こんな小さな光で、よく夜を歩けるよね。」
只今、仕掛け人の極秘会議中。
次は何をして、フィルチの度肝を抜かしてやろうかと企んでいる最中だ。
といっても、ピーターはマグル製品に夢中で、リーマスは読書中なのだが。
「チューインガムを膨らませ呪文ででっかく膨らませて、学校中に響き渡るほどの大音響で割ったのはもうやったし・・・」
ジェームズが、いたずらリストを眺めながらつぶやく。
俺もリストを覗き込みながら唸った。
「カエルチョコレートを数増やし呪文で50000個にして、一斉に開け放して混乱させたのもやったぜ。」
チェックばかりが入ったいたずらリストを、穴が空くほど覗き込む。
もう、色々ないたずらをしてしまったので、最近ではネタが尽きてきていた。
今では難しくて危険なものばかりが、残ってしまっている。
「じゃあ、残るは・・・・」
「これが一番マシだよな・・・。」
俺とジェームズはお互いの顔を見つめる。
と。
すぱぱっっっこーん。
談話室中に軽快な音が響き渡った。
突然、頭を何かでひっぱたかれたので、俺は辺りをキョロキョロと見回した。
ジェームズもこの出来事に、呆気に取られているようだった。
「貴方達。もしかして、また、とんでもなく迷惑で低レベルないたずらを仕掛けようだなんて、思ってないわよね?」
背後で寒い声がした。
おそるおそる頭を後ろに向けると、そこには仁王立ちになっているリリーの姿があった。
「げっ、魔王だっ!!」
俺はつい口を滑らせてしまった。
はっ、として口を塞いだがもう遅い。
言った瞬間、右手に持っているスリッパが俺の頭を直撃した。
「っっってー・・・!!」
「そんなに痛くないでしょ。シリウスったら大袈裟ね。」
鼻をフフンと鳴らすと、ニッコリ笑う。
それを見て、俺はまた口が滑ってしまった。
「黙っていれば、少しは可愛げがあるのにな。」
「あら。シリウスも、もうちょっと行動を慎めば紳士になれるのに。」
「そりゃ、お褒めに預かり光栄至極。」
俺はそういうと頭に手をやった。
膨らんではいないようだが、じんじんする。
2発目は、手加減無しだったような気がするのは気のせいだろうか。
ジェームズの顔を盗み見ると、リリーを見る目は相変わらずとろんとしていた。
確かに顔はまぁまぁだが、リリーの何処がそんなに良いのか俺にはさっぱり解らない。
「あら、リーマスったらお勉強?偉いのね。」
いつの間にか、リリーはリーマスの隣にちゃっかり座っている。
それから、こちらを目を細めながら見た。
「貴方達と違って。」
リーマスはパタンと本を閉じると、彼女に向って微笑む。
「やぁ、リリー。どうしたの?」
「えぇ、あのね。母が勉強には糖分が必要だからって、お菓子を沢山寄越したのよ。あんまり沢山送ってきたものだから、一人じゃ食べきれなくて。だから、はい。お裾分け。」
そう言うと、抱えていた紙袋からお菓子のいっぱい詰まった袋を差し出す。
「え?いいの?ありがとう。」
リーマスはにっこり微笑むとその袋を両手で受け取った。
ジェームズは、その光景を落ちつかなさそうに見ている。
それをリリーは、ジェームズもお菓子が欲しいのだと思ったのに違いない。
紙袋をかき回すと、俺とジェームズにクッキーを投げて寄越した。
「それ、あげるわ。貴方達も少しは勉強の方にエネルギーを回して欲しいものね。」
それから、リリーは立ち上がりながらリーマスに声を掛ける。
「勉強がんばってね。」
リリーが立ち去って暫くした後、また俺たちは所定の位置についていた。
ピーターは、また物珍しそうにマグル製品に見入っていたし、リーマスはまた分厚い本を広げて読み耽っている。
俺たちは俺たちで、どのいたずらが成功率が高いか頭を悩ませていた。
「なぁ、この”髪の毛、誰でもパンチパーマ”のいたずらなんてどうだ?」
俺はリリーから貰ったクッキーを頬張りながら、リストから読み上げる。
「これ、その時は面白いと思ったんだけど、よく考えたら特定の人に対するものだろ?あんまり気が進まないなぁ・・・」
ジェームズは、苦笑いをしながら顎をさすっている。
この案は、大爆笑の末、全員一致でリストに追加したものだというのに。
さては、リリーの影響だろうか?
「なるほど。自分のフィアンセには、これ以上嫌われたくないっていう寸法だろ。」
俺は不服そうに、腕組みをしながら言った。
すると、ジェームズの顔は見る間に真っ赤になり辺りをキョロキョロ見回す。
「おいっ。シリウスっ。君ってば声が大きいよっ。」
ジェームズは顔を真っ赤にしたまま、攻め寄ってくる。
声は押し殺してはいたが、この慌てた顔と言ったらまるで沸騰寸前のヤカンのようだ。
「それにっ。まだ彼女はフィアンセじゃないって。失礼な事言うなよっ。」
いつものジェームズらしくない慌てぶりだ。
普段どんな事が起ころうとも、決して冷静さを失わない彼がここまで慌てるのだから、よほどの事なのだろう。
ジェームズの過敏な反応が可笑しくて、ついからかってみたくなってしまった。
「ふん。そんなに言うなら前言撤回してやるよ。だけど、”まだ”なんだろ?」
それから、ニヤっといたずらじみた笑顔を向けてやった。
「いや。それは。つまり、言葉の綾っていうか・・・。」
しどろもどろなジェームズは、この時くらいしか見れないだろう。
この時俺は、恋とは恐ろしいものだと悟ったのだった。
「いつか”まだ”じゃなくなる日を心から応援しておいてやるよ。」
「もういいだろっ。勘弁してくれよー・・・。」
ジェームズは、ほとほと困りきっているようだ。
俺は面白いものが見れたと、可笑しくてたまらなかった。
こみ上げて来る笑いが止まらず、終に声に出して笑ってしまった。
苦そうな顔をしながらジェームズはこちらを見ている。
しかし、俺があまりにも大笑いするものだから、ついに折れてニヤリと笑った。
「じゃ、その時は君に仲人をお願いするよ。」
俺はニヤリと笑って、「あぁ、もちろんさ。」と返事をするつもりだった。
ところが。
「あ・・・」
すぱぱっっっこーん。
「ぁ・・・・!?」
本日、二度目の軽快なリズム。
今度も同じように談話室中に響き渡った。
ピーターとリーマスが顔を上げる。
「こらっ。二人とも。まだ、何か企んでいるの?」
今度も、同じように背後から冷たい声が降ってきた。
再び、おそるおそる後ろを振り返った後、これまた同じ言葉が口から出てしまった。
「げっ。魔王っ(再)」
すっっっぱこーーーん。
「次回からは、魔王ではなく、女王様と呼ぶように。それなら許してあげるわ。」
隣で、”女王様かぁ・・・”などど呟いているバカはほっといて、俺はリリーにある疑問をぶつけた。
”いいんだよ、魔王で”と言いたい気持ちは押さえて。
「それよりお前、女子寮に戻ったんじゃないのかよっ。」
「お生憎様。母にお礼の手紙を出し忘れてて。でも、私まだフクロウ持っていないでしょ?それにそろそろ消灯の時間だから外に出られないし。という訳で、心優しい誰かさんにフクロウを借りに来たんだけど、どうやら、他の皆は寮に戻っちゃったみたいね。」
ふぅ、とため息混じりに答える。
それはつまり、”貴方達しか居ないから、貸してもらえないかしら?”という事だろうか。
物凄く困ったような素振りは見せるけれど、何となく、そんな裏がありそうな物言いだ。
だけど、そちらこそお生憎様。
俺たちのフクロウも、いたずら材料集めに大忙しな訳。
猫の手も借りたいくらいなのに、貸してる余裕なんか・・・。
「じゃぁ、俺のフクロウ貸してあげるよ。昨日帰ってきたばかりだからヨレヨレなんだけど、手紙運ぶくらいなら彼にもできるだろう。」
「えっ。ちょ、ちょっと待てよっ。ジェーム・・・。」
「まぁ!ありがとう♪ジェームズったら、大好きよ。」
・・・・・。
女とは、恐ろしい生き物だ。
「シリウス。そんな訳だから、今日の会議は御開きだ。」
「あー。はい、はい。今日も、明日も、明後日も、リリーの居る限り御開きね。」
「ははっ。シリウスったら、何おかしな事言ってるんだろう。さぁ、行こうか、リリー。」
まったく、ジェームズのヤツときたら,あの一言だけでデレデレしやがって。
しかも何気に人格まで変わっているのは、気のせいだろうか・・・?
リリーバカの親友を持つと、全く苦労する。
リリーによって骨抜きにされたジェームズを、俺はむすっとした顔で見送った。
「シリウス。僕達も、そろそろ引き上げようか。」
声のほうを振り返ると、本の上にお菓子の袋を乗せて抱えているリーマスがいた。
「あぁ、そうだな。そういや、リリーも言ってたようにあと15分で10時だ。」
時計に目をやりながら答える。
リーマスとは、会話を重ねるうちにぎこちなさも抜け、普通に会話できるまでになっていた。
相変わらず、瞳を見る事は難しかったが。
「ピーターも、もう片付けようぜ。続きは部屋でも出来るからさ。」
俺は、談話室のフカフカなソファから腰を上げると、伸びをする。
それから、テーブルにある悪戯リストを拾い上げた。
ともだちにシェアしよう!