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真昼の月 10

「シリウス。君、夏休み前に俺にした質問、今も覚えているか?」 寮室に戻り、ベッドに荷物を投げつけると同時に、背後で静かな声が室内に響き渡った。 俺は、イライラしていて自分の事ばかりでジェームズが何を言ったのか聞き取れなかった。 「あぁ?なんか言ったか?」 振り返り様に、ぶっきらぼうな声をジェームズに投げつけた。 この心のモヤモヤを消化仕切れなくて、自分で気づかぬうちにジェームズを睨みつけていた。 何が原因で関係がこじれたのか、さっぱり思い当たる節がない。 新学年に上がる前は、百味ビーンズを皆で食べたりしてふざけ合っていたのに。 それが、突然距離を置かれ、なおかつ心なしか敵意さえ感じてしまうくらい、リーマスの俺への態度は冷たかった。 俺は混乱の絶頂に達していた。 「君、夏休み前に俺にした質問、今も覚えているか?」 混乱の根底にいる俺の思考の中に、静かな声が舞い降りる。 思考を目の前の人物へと移す。 ジェームズはそこに、ただ静かに佇んでいた。 俺の睨みなんかに身じろぎ一つ無く、瞳に熱が篭っている。 その、妙に真剣味を帯びている瞳はまっすぐ俺を捕らえていた。 「あ?俺、何か聞いたか・・・?」 今はジェームズの相手をしている気分ではなかった。 だから、適当にあしらおうと返事を返す。 ちなみに、ジェームズの言っている質問は何も覚えてはいない。 相変わらず、眼鏡の奥のブルーサファイアは静かな光を帯びている。 「そうか。覚えていないなら、それは仕方が無いね・・・。」 ブルーサファイアは奇異な光を放ちながら、なおも続ける。 「だけど、君は何故リーマスが俺達にああいった態度を取るのか知りたくは無いか?」 突然、リーマスの話を振られ、俺は何を言わんとしているのかさっぱり飲み込めなかった。 何故リーマスの名前が出てくるのか、訳が解らない。 俺はただ、一心にジェームズを見つめ返す事しかできなかった。 ピーターの寝息がかすかに聞こえる。 「その様子だと、俺が思った通り、やはり君は何も知らないでいるようだね。」 ジェームズは相変わらず妙に静かな口調で言葉を続けた。 「・・・知らないって、お前は知っているのかよ?」 知ったふりをするジェームズに、俺はむしゃくしゃして噛み付いた。 いつも、ジェームズと俺は殆ど行動を共にしていた。 それは、もちろんピーターも、リーマスも。 リーマスの事はある程度何でも知っているつもりだ。 ところが、それは見事に打ち砕かれる事になった。 「あぁ、もちろん。」 俺もジェームズと同じくらい、リーマスと一緒に居る時間は長かった。 いや、ジェームズ以上かもしれない。 彼は本が好きな事は知っていた。 読んでいるところはもちろん邪魔をしない。 でも、図書室で待ち伏せして脅かしたり、何か課題の参考になるような本を教えてもらったりしていた。 一度だけ、二人で魔法薬学の授業をサボって図書室にシケこんだ事もあった。 あの時は、リーマスは魔法薬学が苦手だったから先生を驚かしてやろうと図書室中の薬草の本を掻き集め、知識を詰め込もうと躍起になったものだった。 後で魔法薬学の先生に授業をサボった事が原因で、二人してこっぴどく叱られたっけ。 叱られた後、校庭の池に寄り道をして先生の口真似をして笑った。 他にも、入学当初リーマスはボロのローブを着ているという理由で、スリザリンに目を付けられる事が多かった。 いつもピリピリしていたが、ついにリーマスへの侮辱の言葉に俺がキレて魔法で吹っ飛ばした事もあった。 その生徒は全治3週間の怪我を負ったが、マダムの献身的な介護により元通り今ではピンピンしている。 ちなみに俺は4週間、温室の世話に明け暮れ、なおかつ生物学の生物の世話も罰として科せられたのだった。 その時、リーマスは泥だらけになりながらこっそり俺を手伝ってくれたりもした。 3人の中で、一番リーマスと仲が良かったかもしれない。 いや、仲が良かった。 だから、他の誰よりも知っているはずだった。 知っているはずだったのに・・・・・。 「ジェームズ。お前が知っている事って一体何だよ!?」 精一杯の力を振り絞って、ジェームズに噛み付く。 新たな困惑も加わり、俺の中でいっそうぐるぐると混乱が渦巻いた。 一体彼は何を知っているのか。 俺の脳裏にはその一点のみが集約された。 「悪いけれど、それは俺の口からは語れない。」 カッとなって気づいたときにはジェームズの胸ぐらを掴んでいた。 あれだけ、引っ張っておいて結論がこれだとは。 このやきもきした気持ちは、どこへぶつければいいというのか。 しかし、ジェームズは全く動じる事も無く淡々と言葉を続けた。 「知りたければ、自分で理由を確かめればいい。努力もしないで、人に当て付けるなんて君は最低だね。」 思わず拳に熱が篭る。 それを察知したのか、ジェームズはなおも淡々と続ける。 「殴りたければ、殴ればいい。だけど、俺を殴ったところで問題が解決しない事は、君は百も承知だろう。」 ジェームズの言葉は、最もだった。 握りしめた拳から徐々に力が抜ける。 「ジェームズ。今回はヒントは無いのか?」 力を失った喉から声を絞り出す。 何故リーマスが俺を避けているのか、全く糸口が見つからない。 「ヒントが欲しければあげよう。ただし、答えに近いけれど。」 「いい。何でも良いから教えてくれ。」 力なくジェームズに頼む。 本人の口から聞く以外、他には何も方法は無い。 正直、本人の口から聞くのが怖かった。 ジェームズは静かに俺の目を捕らえる。 「いいか。これから言う事に関して今後一切俺の前で何も言わない事。他人に公言しない事。それと、知ってしまった後の責任は俺は取れない。」 「あぁ、わかった。頼む、教えてくれ。」 ジェームズは俺が真剣だと言う事を知ったにも関わらず、しばらくためらっているようだった。 その間、俺は片時もジェームズから目を逸らさないでいた。 こういう時のジェームズから目を逸らすと、二度と教えてもらえない事を俺は熟知している。 しばらく沈黙が続いた後、やっとジェームズは重い口を開いた。 「ヒントは、今夜だ。」 「は?」 今夜と聞いて、一体誰が何を解るというのだろう? ただ、重要な事は確かだとは思うが・・・・。 「あのさ。それじゃ、さっぱり意味が分からないのだが・・・。」 「さっき、君もリーマスを見ただろう?」 「あぁ、見たが。でも、特に何も別状は無かったようだけど・・・。」 そう、ココ最近に見るあの声色のまま。 あの表情のまま。 あの瞳のまま。 「ふむ。まあ、そう感じたなら良いけれど。」 「いや、全然良くねえから。俺には何もわからない・・・。もっと具体的に言ってくれ。」 「やっぱり、君は何処までも鈍感だよ。ある意味平和でいいね。」 ジェームズは至って静かな口調で続ける。 彼の瞳は未だに静かな熱を帯びている。 「具体的に話しても良いけれど、さっきも言ったように知ってしまった後の責任は俺は取れない。」 「あぁ、解ってる。」 ピーターの寝息が聞こえる以外、物音は何一つしない部屋の中で、俺達はしばらく互いを見つめていた。 再びジェームズが口を開く。 「あいつは、バケモノだ。」

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