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真昼の月 11
吹きつけて来る風の中を、俺はただひたすらに走り抜けていた。
耳鳴りがすぐそこで聞こえて、頭が割れそうだ。
いや、違う。
割れそうなのは、耳鳴りのせいなんかではない。
つい一刻ほど前の、ジェームズの言葉が頭の中で、何度も何度も繰り返し響いた。
何度も、何回も。
気がついたら、ジェームズは部屋の隅のほうに転がっていた。
頭でも強く打ったのか、ぐったりしていて、そこの壁にもたれかかるような状態でうずくまっている。
それを見て、俺は記憶の断片を探り出した。
そうだ、俺がジェームズを魔法で吹っ飛ばしたんだ。
事実と現実を目の前にして、それが自分にとって耐え難ければ耐え難いほど、人間とは夢であって欲しいと願う生き物である。
今、当にその状況だった。
初めて俺は何か大変な事を仕出かしてしまった事に気がついた。
しかし、次の瞬間俺の脳裏に焼きついて離れない言葉が再び冷えてきた思考を奪う。
”あいつは、バケモノだ。”
ジェームズの唇が、その言葉を発した。
鮮明に色濃く、俺の脳裏に焼きついたジェームズの顔。
全身の毛が逆立つ。
再び自分の杖先が、怒りで打ち震えた。
どうやって、校内を抜け出してきたのか分からない。
ただ一つ分かるのは、先生には誰一人として出会ってないらしかった。
堅く冷たい大理石の上から、青草の上へと足を下ろすと急いていた気持ちが段々落ち着いてきた。
どのくらいのスピードで走っていたのだろうか。
気持ちが落ち着いてくると、不思議なもので、自分がどれだけ息切れしているのか初めて気付いた。
歩調を徐々に緩め、肩で息をつく。
「一体、今日は何がどうなってんだっ・・・」
まるで、世界の全てのものが敵に回ったような焦燥感にかられていた。
裏切られた気分だった。
俺は、今まで一体何を見てきたのだろう・・・。
ピーターも、ジェームズも、リーマスも俺の親友のつもりだった。
でも、いざ蓋を開けてみると皆ばらばらだった。
惨めだった。
信じていた。
俺は、ブラックという名が嫌いだった。
今までずっと、皆が真から寄り付いてこない事を名前のせいにしていた。
俺は物心ついた時には、既に両親に礼儀作法を叩き込まれていた。
週一度は必ずホームパーティが開かれて、俺もそれに出席させられた。
大人と呼ばれる奴の扱いは慣れている。
名前を呼ばれたらにっこり笑って返事をしさえすれば、大人は誰でも喜ぶ。
しかし、同年代の子供とはなかなか混じる事が出来なかった。
どうしても、よそよそしくなってしまう。
俺は注目を浴びるにはどうすれば良いのかと色々考えた末、画期的な答えを導き出した。
バカになればいい。
そう思うとすぐに実行に移した。
雨上がり、皆の前でわざと水溜りに突っ込んで泥んこになった。
そして、ヘラヘラ笑ってみせた。
すると、その姿を見て周りに居た奴らも笑ったのだ。
それからは、毎日皆と遊ぶのが楽しかった。
でも、それもそう長くは続かなかった。
大人とは時に無神経で、子供同士の関わり合いに口を挟む。
俺は無邪気だった。
あまりにも幼かった。
だから、一層胸が軋んだ。
「あそこの子はブラック家の跡取りよ。怪我をさせたら大変だから、もうあの子と外で遊んでは駄目よ。」
子供にとっては、理不尽以外の何者でもなかった。
大人の都合は、子供にも当てはまる事などほぼ無いに等しい。
俺はまた、独りになった。
それから、しばらく大人が俺の友達だった。
適当に経面笑って居りゃ、大抵の大人は落とせた。
段々大人を騙すのが楽しくなってきていた。
そんな日々を過ごした俺にとって、ホグワーツ入学は魅力的だった。
両親は、俺がスリザリンに入る事を楽しみにしていた。
しかし、組分け帽子は俺をグリフィンドールに入れた。
「君はブラック家の御子息か。うむ、才能も素質も十分にある。実に良い血だ。」
「俺は別に血統書なんていらないぜ。むしろ、捨てられるものなら捨てちまいたい。」
「ほう、そうか。本来ならばスリザリンに入って然るべきであるが・・・。君が、それを望むなら・・・」
組分け帽子は”グリフィンドール”と一声叫んだ。
正直、俺は寮なんてどこだって良かった。
スリザリンに入れば、俺と同じような奴がうじゃうじゃ居るだろうし、グリフィンドールに入れば、マグル生まれの奴とも触れ合える。
望んでいたのは、たった一つだけだった。
ジェームズの顔が思い浮かんだ。
聡明で、頼れるいい奴だった。
まだ、俺が放った魔法のせいで床に転がっているのだろうか・・・。
びっくりした顔で俺とジェームズを見比べているピーターの顔が思い出された。
ピーターは先生に知らせに行っただろうか・・・。
俺を見る彼の目は怯えていた。
リーマスは・・・・・・。
「そういや、あいつ何処行ったんだ・・・?」
ぽつりと、呟いた。
うっすらと談話室にも居なかった事を思い出した。
自分で自身に聞いてみたつもりだった。
ところが、背後で声がした。
「知らんな。」
慌てて振り返ると、目の前に映し出されたのは全身真っ黒な姿の人物だった。
「・・・お前、セブルスか?何でこんな所に居るんだよ。」
すると、奴はいかにも嬉しそうに笑った。
黄色く光る歯がそれを一層誇張した。
「貴様こそ、何故こんな所にいるのかな?僕は貴様が廊下を走りぬける所を目撃してね。まさか、貴様はホグワーツの規律を知らない訳は無いだろう?」
さも嬉しそうな声で、俺に問いかける。
奴が何を企んでいるのか手に取るように解る。
「さあな。お前こそスリザリンの寮監に見つかったら大変な事になるんじゃないのか?」
すると、奴は一層嬉しそうに口許を歪めた。
いつもの猫撫で声に拍車がかかる。
「それが、時として神は真にどちらかに味方するもので、僕にはそんな事は心配無用なのだ。何故なら、この通り、僕の寮監から外出許可証を頂いてあるのでね。」
言うとローブの隙間から、羊皮紙を取り出してちらりと見せた。
「立場が同じとは思わないほうが良い。後で痛い目を見るのは貴様だけだ。」
「悪いが、俺は一度たりともお前と立場が同等だなんて思った事は無いぜ。お前のが俺より劣っている事は周知の事実だからな。」
いい加減うんざりだ。
奴の機嫌取りなど甚だ煩わしい。
「黙れ。僕を愚弄するとただでは済まさんぞ。」
「勝手にどうぞ。悪いけど俺もう行くぜ。俺も忙しい身の上なんだ。」
俺は適当にあしらう。
面倒くさいものに引っ掛かったと、心の中で舌打ちをする。
「まったく、貴様といい、貴様の仲間といい、規則を破るのが趣味と見える。お前の他にもう一人うろうろしているのを見かけたが、一体何を企んでいるのだ。白状しない限り貴様を行かせる気は無い。」
「何!?もう一人だって?」
「ほう、いかにもぼろ臭いローブの奴が玄関階段の横を通り過ぎるのを見つけたが、見失ってしまった。」
「リーマスが?」
一瞬耳を疑った。
彼は自ら進んで校則を破るような事はしない。
どちらかと言えば、俺たちが羽目を外しそうになるのを引き止める役だったはずだ。
「貴様、僕を騙せると思ってもそうはいかないぞ。白状しろ。」
「悪いけど、急用が出来た。じゃぁな。っと、これは土産だ。」
言うが早いか、杖を取り出すとすかさずセブルスの右手にある羊皮紙に火をつけた。
「っ貴様!!!待たんかっっっ!!!!!」
俺は既に走り出していて、後ろのほうで唸っているセブルスの声が聞こえた。
兎に角、リーマスに会ってみなければ。
会えばきっと、何か解るに違いないと思う。
俺はそう確信した。
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