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真昼の月 12
飛び出して走り抜けた道を戻る俺の視界に、黒い影が映し出される。
雲が途切れかかり、うっすらと月が顔を覗かせている。
月明かりに照らされたその黒い影は校庭を横切ろうとしていた。
遠目からでも、あの特徴のあるローブのおかげで、それが誰なのかはっきりと分かった。
その影の持ち主は、紛れもない、あのリーマス・ルーピンだった。
リーマスは一直線に禁じられた森のほうへ向かって、進んでいる。
こんな夜中に、しかも一人で森に立ち寄ろうとするなんて、一体何事だろうか・・・。
例え、何か仕出かして寮監に任務を命じられたとしても、一人で森に入ることなど絶対に有り得ない。
何しろ、森は危険すぎるからだ。
普段、昼間でも森への生徒の立ち入りを禁止してるのはそのためだ。
なのに、何故・・・
もし、森へ入る気ならば止めなければ・・・
俺は一層脚に力を入れて走り出した。
影は、相変わらず森へと進んでゆく。
・・・このままだと間に合いそうも無い。
森への入り口のすぐ前まで迫っていた。
ところが、不意にリーマスは向きを変え森の脇に沿って歩き始める・・・。
俺はほっと胸を撫で下ろした。
しかし、死への境界線と隣り合わせに歩く友人をそのままほおっておく訳にはいかない。
無我夢中とはこの事を言うのだろうか。
兎に角、一刻も早く境界線の淵からリーマスを引き剥がしたい一心で息が切れるのも無視して走った。
「リーーーマースッッッッッ!!!!!」
森のざわめきの中に俺の叫びが木霊する。
名前の主は、足を止め、こちらを振り返った。
「・・・シリウス。」
俺が彼のすぐ目の前まで駆け寄った時は、息も絶え絶えでまともに会話できる状態ではなかった。
「・・・君、どうしてここへ・・・?」
名前を呼ばれたその人は、当惑したような面持ちで俺を眺める。
「・・・何故、君はこんなところにいるの・・・?」
彼にとって予想外の出来事だったのだろう。
俺が名前を呼び止めた瞬間から、こちらを一心に見つめ、影は留まることなく揺れていた。
「・・・っはぁ、・・・どうしてっ・・・っとか、んなこたっ・・・いんだよ。っれよりお前、・・・っんで今の時間に、一人で・・・こんなとこっ、歩いてんだよ!」
息が続かず、途切れ途切れに言葉を吐き出した。
兎に角その場からリーマスをグリフィンドール寮につれ帰りたかった。
「君には関係ない。」
彼はそれだけぽつりと呟くと、くるりと背を向けた。
そして歩を進めはじめる。
「待てよっ!!関係ねーって何だよ!!・・・俺はおまえを心配してして追いかけてきたんだっ!!大いに関係あるだろっ!!」
俺は全身で叫んでいた。
ずっと避けられているのは分かっていた。
だから、尚更力いっぱい声を張り上げていた。
「お前、俺の何が気に入らねーんだよっ!!新学期が始まってからなんでそんなに俺たちのこと避けるんだよ!!」
リーマスが足をとめ、ぴくりと反応する。
雲が流れきった頃には満月になるだろう。
月明かりに照らされた青白い影が、振り返りもせずに口だけ開いた。
「・・・粗野なのは嫌いなんだ。人のプライバシーにずかずかと土足で踏み込んでくるような野蛮な人間も嫌いだよ。」
返す言葉が出てこなかった。
そんな事言われるなんて、夢にも思っていなかった。
俺は今まで、リーマスにとって傍迷惑な存在でしかなかったのだろうか・・・。
「で、でも、何と言われようとそこを歩いてるのを見つけちまったんだから、連れ帰らない訳にはいかないんだよ!」
どう思われようと構わない。
嫌われるなら、とことんまで嫌われたほうがすっきりする。
今は目的を見失う訳にはいかない。
友だと思っていた仲間を見殺しにする訳にはいかない。
「僕は僕の目的があって、今校庭を歩いている。君が邪魔をする権利はないよ。」
「こんな時間に一体、どんな目的があってこんなトコいるんだよ!!何と言われようと帰るぞ!!」
そう言うなり、俺は無理やりリーマスの腕をつかみ寮へ向かおうとずんずん歩き始める。
「っ痛!シリウスっ!!離して!!」
「駄目だ!!帰る!!」
「僕は僕の目的があって外に出たんだ!!君には一切関係ない!!離して!!」
リーマスはそう言うなり、ものすごい力で掴んでいた腕を引き剥がした。
正直、リーマスにこんなに力があるとは思っていなかった。
リーマスの腕を掴んだ瞬間、彼の腕は細く力をこめて引っ張るのが痛々しかった・・・。
それでも構わずに、彼を寮へ無理矢理にでも連れ帰ろうと渾身の力をこめて引っ張った。
なのに、こうも易々と逃れられてしまうとは思ってもみなかった事だった。
「リーマスっ!!おいっ まてっ!!!」
リーマスはくるりと身を翻すと、森の脇に沿って走り出した。
俺は慌てて、リーマスの後を追う。
「待てよっ!!!!」
俺の言葉を無視し、なおもリーマスは走り続ける。
俺はついていくのがやっとで、捕まえるどころではなかった。
しばらく走ると、少し広い空き地に出た。
中央の辺りにまだ若い木が、ぽつんと一本立っている。
ふと、入学式の日に校長がこんな事を言っていたのを思い出す。
”・・・禁じられた森を抜けたところに空き地があるが、そこには魔法界でも珍しい暴れ柳を今年植えたので興味本位に近づくでないぞ。もし不用意に近づけば、自分の領地を荒らされて怒った暴れ柳が枝を振り下ろしてくるでの。いやはや、苗植えにも骨がおれたわい・・・”
きっと中央の木は暴れ柳なのだろう。
よく見ると木のまわりの草は何かで掘られたように荒れていた。
しかし、リーマスは一直線に柳のほうまで走っていく。
「リーマスっ!!それはきっと暴れ柳だっ!!危ないから離れろっ!!!」
俺の声が届かないはずはないのに、なおもリーマスは暴れ柳に向かって直進する。
「暴れ柳に近づくなっ!!」
リーマスは俺の声を無視し、柳のほうに向かっていく。
と、ふと足をとめ少しかがんだかと思うと、暴れ柳にむかって走り抜ける。
「リーマスっ!!!!」
走り抜けたかと思うと、暴れ柳の前で突然リーマスの姿が消えた。
訳がわからず、急いでリーマスの消えた場所まで足をすすめる。
バシンッ!!!!!!
一瞬何が起こったのかわからなかった。
俺は地面に打ち付けられて転がった。
地面に落ちた衝撃で後頭部と背中がじんじんする。
体を起こすと目の前で、みしみしと暴れ柳が狂ったように枝を震わせている。
幸か不幸か、最初の一撃で遠くに飛ばされたようで、二度目の襲撃に合わずにすんだようだった・・・
「リーーーマーーーーーーーーースッ!!!!!!」
あまりの痛さで意識が遠のく中、ありったけの力を振り絞って叫んだ。
自分の目の前で、親しかった友人が消えた。
俺はとうとう、追いつく事ができず、友を見殺しにしてしまった・・・・・
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