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好きだから 3

吐き出される息は白く、ガラスの張られた窓に結露を作り出していた。 そして、堪え切れなくなった水滴が一筋流れ落ちていく。 リーマスには、まるで窓が泣いているように見えた。 無機質なものにまで同情されたようで、空虚な気分になる。 そして視線を外すと自分の膝に顔を埋めた。 それからぎゅっと目を瞑る。 堅く堅くぎゅっと。 あの一件の後、僕と彼らは驚くべきことに、何事も無かったようにごくごく自然に付き合っていた。 今思い直してみると、大変不可思議な関係である。 部屋が一緒だから、会話を混じらすのは当たり前と言ってもいいが、時折一緒に宿題をしていたりもしたから驚きだ。 何故なら、必要最小限の会話しか無かったのだから。 授業に一緒に行くことも、朝食を一緒にとる事も無くなったのに。 正体を知っているか否かについては、とても不安だった。 しかし、そんな事を彼らに聞ける訳が無い。 ホグワーツから追い出される事がないのなら、このまま静かに学校生活を終えようと思っていた。 ところが、そんな関係のまま3年半が過ぎようとしていた時。 ある満月の夜に、僕の予想だにしなかった事件が起きるのである。 僕はいつものように、狼になる前の準備をしていた。 前回暴れた時にできた、窓の傷に板を打ち付けていた。 ほかにも、先のとがった物や傷に、直接触れることの無いよう、補修を施す。 いつものように準備を済ませ、整えた時、いつもなら聞こえないはずの物音が階下から聞こえた。 聞こえたといっても、きっと人間ならば気付くことができるかどうかもわからない程度のものだ。 どちらかといえば、物音というより気配と言ったほうが近いかもしれない。 僕の耳は狼になる前兆として、冴え渡り、獲物の気配ですら感じられるほどになっていた。 普段の生活に馴染み深い人物であれば、それが誰かも特定できた。 心臓が、早鐘のように脈打つ。 どうも、ダンブルドア校長では無いようだった。 マダムポンフリーでも無い。 一体階下にいるのは何だろう。 鼠だろうか。 人間の気配のような、動物の気配のような、今まで感じ得る事の出来なかった気配がそこにはあった。 得体の知れない何者かが階下に居る。 僕は緊張で、全身の毛が逆立つのを感じた。 どうか鼠であってほしい。 人間の対処法として、何かおぞましい音を作り出す事なら学んでいた。 しかし、今回は相手が一体何者なのかわからない。 もしかすると魔法生物かもしれない。 下手に行動すれば、お互いに危うい立場に立たされないとも限らない。 僕はカーテンを握りながら、じっと階下の様子を伺っていた。 得たいの知れない何かは、どうも複数居るような気がする。 と、階段を登ってくる音が聞こえる。 登った先には僕のいる部屋がある。 こうも足取りに迷い無くこちらに向かってくるというのは、僕の存在を知っているとしか思われない。 とすれば、ホグワーツの先生しか居ないはずだ。 ぎぃぃと鈍い音が部屋に響く前に、僕は咄嗟にそう結論付けた。 僕の推理は、きっとあながち間違ってはいないだろう。 「先生?どうしたんですか?僕はここで鍵をかけてじっとしていますから大丈夫ですよ。」 僕は、汗でぐっしょり濡れた手で、わずかにカーテンを引いた。 心臓がどくどくと脈打つ。 返事が無い。 「もうすぐ満月になりますからもうお帰りください。」 そういうと、恐る恐る振り向いた。 しかし、振り向いた先に映し出されたのは全く予想もしない光景だった。 開かれた扉の横に、遠慮がちに黒くて大きな犬がちょこんと座っている。 「何でこんなとこに・・・?」 僕は、その姿を見た瞬間、一気に緊張が緩むのを感じた。 この犬ならば、満月が昇りきる前に外まで誘導しさえすれば問題無いだろう。 しかし、今までこうして動物が現れる事など無かった。 不思議に思いつつ、口から溜息が漏れた。 なんで、こんな犬なんかに緊張していたのだろうか。 僕は数歩近寄りしゃがむと、犬の頭を撫で、顎まで指を滑らせる。 真っ黒で一点の曇りも見当たらないような毛色のくせして、艶やかで、指どおりはとても滑らかだ。 こんな整った綺麗な犬を見るのは初めてだった。 まるで置物のようだ。 しかし触れれば、人間より少し高い体温が指先に伝わる。 「どこから来たんだい?」 僕は撫でながら犬に問いかける。 答えの代わりに、漆黒の瞳がうっとりと気持ちよさそうに細くなった。 こんな上等な犬だから、きっとどこかのお金持ちの家で飼われているのだろう。 犬の飼い主の事を思えば、きっとこの犬を大変寵愛していただろうから今頃大騒ぎだろうな。 この手触りを名残惜しく感じつつも、これから狼に変身することも考え、玄関まで誘導しようと僕は顔を上げた。 が。 僕が顔を上げた瞬間、新たに度肝を抜く光景が視界に飛び込んできた。 「・・・鹿?」 犬の向こう側に、大きくて立派な牡鹿が一頭立っている。 僕は呆気にとられ、開いた口を塞ぐ事が適わなかった。 複数と感じられた気配がこれだったとは・・・。 鹿は僕の視線に気付いたように、せわしなく床を掻き鳴らした。 すると、犬が鹿に促されでもしたように腰を上げると、扉の脇に移動する。 鹿は道を開けられると部屋の中へと入ってくる。 そして、犬の隣でぴたりと止まると、立派な角の生えた頭を垂れた。 垂れた頭から、鼠が一匹するりと滑り落ち、ぽってりと着地する。 それから、鼠は辺りを見回すと鹿の横に回りこんだ。 僕は一体何が起きているのか分からなかった。 果たして動物とはこんな奇妙な行動をするものだったろうか? 考えれば考えるほど訳が解らなくなり、混乱した。 突然鹿が、カツ、カツ、カツと3回蹄を床に打ち付ける。 と、次の瞬間。 「悪戯成功っっっ!!」 目の前に煙がもくもくと広がる。 動物たちは一瞬にして姿を晦まし、代わりに見慣れた3人の影が映し出される。 聞きなれた声と共に、僕の目の前に現れたのは・・・。 「し シリウス!?ピーター!?それに、ジェームズ!?」 目の前に立っていたのは、紛れもない、入学式の日に始めて言葉を交わした彼等だった。 「な なんで君達ここに!?」 僕は、何がどうなってるのか全く解らず、心に浮かんだ疑問をそのまま口走らせた。 その疑問以上のものが全く思い浮かばない。 本当に訳が解らない。 何故、彼等がここにいるんだ? 叫びの屋敷を知ってるんだ? 何故、僕がここにいる事を知ってたんだ? 一体何が起こっているんだ? 僕の頭はぐちゃぐちゃだ。 一瞬にして、掻き乱された脳内は、もはや全ての機能が停止した。 唖然とした面持ちで彼らを眺める。 「へへっ!驚いただろ!!」 シリウスが僕に向かって、得意満面の笑みを浮かべている。 僕の頭は、もはや真っ白だ。 夢でも見ているようだった。 にやりと笑ったまま、シリウスがジェームズをちらっと見る。 それを受けてジェームズも、にやりと笑うと僕に視線を向ける。 そして、ジェームズの口が開かれた。 「悪戯仕掛け人!ここに参上!!!」

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