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好きだから 4
「悪戯仕掛け人!ここに参上!」
僕はドキリとして、慌てて声のしたほうを振り返る。
振り向いた先には、プロングズが立っていた。
月の光が、彼の眼鏡を怪しく反射する。
「やぁ、リーマス。こんばんは。気分はどう?」
ジェームズは怪しく口元を歪めると、僕に挨拶を交わした。
そんな事、聞かなくたって解りきってるだろうに。
「やぁ、ジェームズ。こんばんは。・・・それなりにいいよ。」
卑屈っぽく会釈しながら、ジェームズを見据える。
それから、苦々しく唇を噛み締めつつ、平静を繕って挨拶を返す。
そんな風に、嘘で固めた挨拶なんて、ジェームズがすぐに見破ることくらい知ってた。
だけど、今の僕にこれ以上の挨拶を求められても、できると思う?
案の定、僕の予想通りジェームズは、眼鏡を中指で押し上げた。
「君の嘘は俺には通用しないよ。残念だけど。」
そう言うと、いかにも哀れんだ眼差しで僕を見上げる。
僕にはもう、彼に向ける言葉は無かった。
一つ溜息をつくと、窓の外を見つめる。
「ジェームズ。折角声を掛けてくれたのに悪いんだけど、僕は一人になりたいんだ。」
そう言うと、僕はマントにしっかりと包まった。
それから冷気のおかげでカチカチになった手に息を吹きかける。
湿り気を含んだ息が吐き出されるたび、僕のかじかんだ手に体温が戻っていく。
「リーマス。生憎、俺は君を見つけてしまったから、それは無理な相談だよ。」
ジェームズはそういうと、今まで彼の体を包んでいたローブを僕の頭にすっぽりと被せる。
「ジェ・・・。これでは君が風邪を引いてしまうよ!」
僕は、一瞬にして彼のローブによって遮られた視界を手でまさぐって取り戻そうとした。
しかし、出口を見つけるとそこにはジェームズの蒼い瞳が僕を捕らえていた。
「君は・・・何故そうやっていつも僕に構うんだ・・・。ほっといてくれよ・・・。」
僕は懸命に声を出したが、どんどん小さくなって最後は消えてしまった。
何でそんなに僕を見るんだ。
お願いだから、こっちを見ないでくれ。
これ以上、汚い自分を・・・。
「リーマス。何故目を逸らすんだい?」
ジェームズの声が低く響く。
僕は顔を伏せたまま、ぎゅっと膝を抱えた。
すぐそこにジェームズが居る。
顔を上げれば、目が合う。
あのいつ何時でも、自信に満ちた瞳を見るのは苦手なんだ。
そして、その瞳に見据えられることも。
見ないでくれ・・・。
もう、見ないでくれ・・・。
「・・・こっちを・・・見ないで・・・。」
僕は、詰まりきった喉を無理矢理こじ開け、声を吐き出した。
息が詰まる。
喉が痛い。
もう、見ないで・・・。
君のその瞳は、時に頼もしく、時に僕の心を突き刺すんだ。
曇りの無いその瞳は、僕がどれだけ汚らわしい化け物かを正確に映し出す。
偽りや誤魔化しでできた僕を、本来の姿へ呼び覚ます。
僕がどれだけ汚いのか、僕自身も把握しきれてない。
だけど、君のその瞳は全てを露にしてしまう。
見たくない・・・。
見られたくない・・・。
知りたくない・・・。
知られたくない・・・。
向こうへ、・・・行って。
今にも君を引き裂いてしまいそうだよ。
小さく丸めた膝を、尚も両腕で締め上げる。
消えたい・・・。
消えて無くなりたい・・・。
こんな汚い自分なんて、もう嫌なんだ。
こんな醜い自分なんて、もう見たくないんだ。
人狼なんて嫌いだ。
僕なんて大嫌いだ。
さっさと、くたばってしまいたい。
誰も傷つけたくない。
傷つきたくない。
僕さえいなくなれば、何もかもから開放されるのに。
君の瞳に、汚らわしいものが映ることがなくなるのに。
君の瞳は陰りが無いから、汚いものを映すのには勿体無いんだよ。
君には、空の青さや、森の緑や、湖面に映る雲がよく似合う。
僕は暗闇の中に居るから、本当の青や緑や輝くような景色を知らない。
知ってるのは、黄色い塊に映る狂気だけ。
そんな僕の黄色い目と、君の蒼い瞳は相成れぬ存在なんだよ・・・。
「俺は、君の事が大好きだよ。」
頭上に、彼の声が降り注いだ瞬間、僕は驚いて思わず顔を上げてしまっていた。
案の定、蒼い瞳が視界に飛び込んできた。
僕は咄嗟に顔を逸らそうとする。
が、ジェームズが僕の顔を両手で押さえてしまう。
「やだ。見たくない。見たくないんだ。ジェームズ、やめて!」
僕は必死で訴えた。
彼に哀願した。
「もう、十分に逸らしてきただろう。そろそろ、しっかりと見なくてはいけないよ。リーマス。」
「やだ!見たくない!見たくないんだ。・・・目を合わせたとたん、僕は君を引き裂いてしまいそうだよ。」
僕は背けることの出来ない顔から、必死に逃れようと抵抗した。
ジェームズと目を合わせまいと、必死で瞼を下げて視界を塞ぐ。
合わせてしまえば、言葉通り引き裂いてしまいそうで怖かった。
「・・・お願い。・・・離して。」
僕は、彼に訴えた。
離して。
僕を見ないで。
「駄目だ。俺を見るまで離さないよ。」
嫌だ・・・。
見たくない。
汚い自分を見られたくない・・・。
見ないで。
離して・・・。
「何で・・・。お願い、離し・・・」
「見ろ!!!」
ジェームズが、僕に怒鳴ったのは初めてだった。
いや、ジェームズが怒鳴ること自体知らなかった・・・。
僕はどうしていいか分からず、言われたとおり恐る恐る瞼を上げる。
ブルーの瞳の奥に、僕の姿が映った・・・。
「ジェ・・・ジェームズ。・・・見たよ。もう・・・いい?」
早く開放されたくて、ジェームズに尋ねる。
蒼い瞳の中に、汚く黄色い影が映し出されている・・・。
これ以上、見たくない・・・。
「駄目だ。今、目を逸らしたら全く意味が無いからね。」
「だ・・・だけど、これじゃ君が風邪を引いてしま・・・。」
「言い訳はいい!いいから見ろ。」
僕はびくっとして、言われたとおり彼の瞳を見続けた。
彼の瞳の奥に映し出された僕は、恐怖に戦いて、震え縮み上がり、何とも情けない風貌だった。
「いいかい。今俺の見えてるリーマスは、情けなくて、弱くて、みっともない。しかも、腐ってる。惨めな男だ。救いようが無いね。駄目人間だ。」
僕は唖然とした。
ジェームズが、こんな暴言吐くなんて思ってもみなかった。
良識ある人だと思ってたのに、信じられない。
愕然とした。
「・・・五月蝿い。そんなの言われなくったって、端から知ってるよ!」
ジェームズがそんな人だったのかと思って落胆したのと同時に、僕の心に火花が散った。
そんなの言われなくたって、わかってる。
知ってる。
そんな事言うために、僕の目の前に現れたのか。
「僕は、君の言うとおり駄目人間だよ!愚か者だ。そんな事もうとっくの昔に知ってるんだから、いい加減離してよ!!」
「そうだ!君は愚か者だ!!大馬鹿者だ!!いい加減、自分の良さに気付け馬鹿!!!」
「・・・え?」
「言ったろ。俺は君が大好きだ。だけど、本当に腐ってる奴なんか好きになるものか。」
僕は、彼が一体何を言いたいのか全くわからなかった。
口が半開きになりながら、彼を見続ける。
「ジェームズ・・・?僕には君が言ってることがよくわからないよ。だって、僕は紛れもなく汚らわしくて、駄目で、みっともなくて・・・。」
「本当にそんな奴が、庭の手入れしたり、植物に水やったり、魔法生物の世話率先してやるかよ!!」
「・・・それは、僕がやりたいからやってただけだよ!!!」
僕は、訳が解らなくて、思いついたそのままを言葉にしてぶつけた。
自分でも、何が言いたいのかまるでよくわからない・・・。
だけど、彼の勢いに押されて、言葉を吐かない訳にはいかなかった。
「やりたいっていう気持ちは、偽善でも何でも無くて、それは君の持つ優しさだって何で気付かないんだよ。馬鹿者。」
ジェームズは、半分怒ってて、半分呆れてて、半分笑っているようだった。
「本当に腐った愚か者の駄目人間は、植物を大切にしたり労わったりなんかしないよ。全く。」
そう言うと、ジェームズは僕の両頬から、初めて手を離した。
だけど、僕は目を逸らしはしなかった。
「でも、僕は優しくなんて・・・。だって、暇つぶしに世話をしてるだけだし。」
「暇つぶしなら、君は本が好きなんだから、本を読んでればいいじゃないか。そうだろう?」
「・・・う・・・ん。」
「しかも、梟小屋なんて、臭いし汚いし、羽根まみれになるだろ。何か用が無い限り近づくことすら無いしね。だけど、リーマスは態々掃除をしに行くのは何でだい。」
「それは・・・、梟だって好きで汚くしてる訳じゃないし・・・きっと綺麗なほうが好きだと思って・・・。僕だって綺麗な部屋が好きだし。」
「だったら、自分の身の回りだけ綺麗にしてればいいじゃないか。梟なんて滅多に使わないし。態々自分から汚れに行くなんて変だと思わないか?」
「・・・う・・・ん。」
「何で態々そんな事してるの?」
「・・・わからない。だけど、なんとなく・・・。」
「俺には、それはリーマスの優しさから来てる行動としか思えないんだけど。」
そういうとジェームズはふぅと一息溜息をついた。
僕はそれをじっと見つめる。
優しさ。
とは一体何だろうか?
暇つぶし、というのは本当だ。
だけど、僕には僕自身の行動が、僕自身の持つ優しさからの行動とは思われなかった。
何故なら、僕は常に罪悪感を抱えながら、今日まで生きてきたからだ。
人狼とは、古来から人々に忌み嫌われる存在だった。
元々人であったにも関わらず、一度噛まれてしまえばその瞬間から、人間では無くなった。
どんなに自分が望んでも、回りの人々が人間として扱ってくれないのだ。
つまり、人々からしてみれば、人狼とは動物園の動物と同じ、もしくはそれ以下の獣として目に映った。
普段は無害だとしても、一度空に月が昇れば、狼になり人々の生活を脅かす。
偶然にも、今までの僕の環境が恵まれていたからこうして生きてこられた。
もし別の環境で生まれ育っていたとしたら、今日こうして僕が生きているという保障は何処にも無い。
僕が今日まで植物や動物の世話をしていたのは、罪の意識から逃れるためという疑惑は拭い去れない。
そうなれば、それはただの偽善だ。
己のために償いをしていただけの事に過ぎない。
果たして、それでも優しさと言えるのだろうか?
「・・・ジェームズ。でも、僕は・・・。僕には、偽善としか思われないよ。」
そう・・・、僕は僕自身を偽ってるのだ。
ただ、生きていてもいい理由を探してただけだった。
その理由として、植物や動物の世話をしていた。
僕無しでは存在しない何かが、欲しかった。
だから、毎日欠かさず世話をしていた。
僕が世話をしなくたって、僕の代わりは沢山いるという事実から目を背けながら。
「ジェームズ・・・。僕は、僕自身の罪の意識から逃れるために偽善を働いてたに過ぎないよ・・・。生きていてもいい理由が欲しかっただけだったんだ・・・。」
そして僕は、ジェームズから目を逸らした。
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