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第11話 自信がなくて

◆◇◆  今回の一連の騒動を、順を追って説明してほしいと三人に頼んだ。謝罪なんてどうでもいい。三人とも、俺を馬鹿にして喜ぶような人間性ではないことはわかっている。  そんなことよりも、どうしてこういう方法を取ることにしたのかを理解して、納得したいんだということを伝えて、そうしてもらうことにした。  それと、そろそろ敬語をやめて普通に話そうということを提案した。颯紀くんは頷きながら話し始めた。 「うん。わかった。じゃあ、タメ口で行きますね……あっ」  口を押さえて恥ずかしがっている颯紀くんに、光希と快斗くんが反応する。 「お約束だな」 「本当だー。颯紀おもしれえ」  この二人はもう付き合いが長いのだろう。オーラの色が安定している。どちらかというと快斗くんが光希にベタ惚れしているようで、時折腕にしがみついて笑ったりしている。  一方の光希は、そんな快斗くんの行動の一つ一つに優しい笑顔で答えている。時折さりげなくサポートする手元に、愛情が強く現れているのがわかる。目の前で見ているこっちが照れてしまうくらいに、ラブラブだ。 「みっ、光希と快斗くんはもう長いの? どこで出会ったわけ?」  その問いに、快斗くんは光希の方をじっと見て「言ってないの?」と不満そうに呟いた。そこにはやや不穏な空気があるように見えた。光希は、困ったように笑っていた。 「快斗が美容師だって聞いたよな? 俺、元々快斗の客なんだよ。もう十年くらい通ってる。付き合いだしたのは半年前くらいだな」  俺は、それを聞いて驚いてしまった。この半年の間に、何度光希に会っているかわからない。 「半年も前から恋人いたのかよ! 教えておけよ。俺、知らないでお前のこと誘いまくってただろ?」 「そう簡単に言ってくれるなよ。快斗と付き合い始めた時も、まだ完全には諦めきれてない状態だったし……」 「はあ、なんだそれ。快斗くんに失礼じゃないか?」  光希にしては不誠実な発言だなと驚いた俺に、快斗くんが「まあまあ」と割って入ってきた。 「俺がそれでいいって言ったんだよ。そこはまた別の機会に話そう。今はその話じゃ無いだろ?」と言って、俺のことを宥めてくれる。快斗くんは、こういうところではすごく冷静で、常に穏やかに事を運ぶ人だ。 「ほら、颯紀。なんであんな芝居したか、ちゃんと説明しろよ」  もう付き合っているとはいえ、この話をちゃんとしたことは、あの日以来一度も無かった。そのためか、颯紀くんはいつも以上に緊張していて、正座した膝にのせた拳を、思い切り握りしめていた。  快斗くんから促され、説明しようとするけれど、声が掠れてなかなか話せない。何度も咳払いをして、ようやく口を開いた。 「えっと……、二年前に俺が公音くんを好きになってから、快斗にずっと相談してたんだ。助けてくれた学生さんが忘れられないんだって。快斗が耳にタコができるっていうくらい、何度も駅で助けられたエピソードと、その人の声の良さを熱弁してて……」 「声?」  俺はその言葉に少し引っかかった。一瞬だけど、少し嫌な顔をしたかもしれない。俺の声を気に入るということは、俺自身を好きになったわけではないかも知れないという不安があったからだ。  思わず、チラリと光希の方を見る。どうやら、光希は俺がそう思っていることに気がついたようだ。 「公音さん?」  颯紀くんは、光希と俺の間に起きた変化に気がついたらしく、話を続けていいものかどうかを心配した。 「あ、ごめん。続けて」  そう言いながら、光希の視線に居た堪れなくなったため、顔を背けた。それを、快斗くんに見咎められていた。ただ、それでも快斗くんは俺には何も訊いて来ない。何か考えがあるようで、落ち着いた視線で微笑みながら、俺をじっと見ていた。 「半年前に、快斗が光希くんと付き合い始めた時に、俺に紹介してくれることになって、三人で飲みに行ったんだ。その時に、快斗がその話を光希くんにしたんだ。そしたら、光希くんがめちゃくちゃ驚いてて。俺もその話を知ってるって言ってさ」 「『その学生、多分俺の友達だわ』って言ったんだよ。俺はお前から何度も聞いてた話だっただろ? 駅で二徹のお兄さんが倒れてたから、助けて来たって話。最後まで付き添えなかったのが心残りだって、ずっと言ってたよな」  光希は、そう言いながら、ビールを快斗くんのコップに注ぐ。快斗くんは、光希が注ぐビールを、嬉しそうに眺めていた。そして、満たされたコップを抱えて、ぐいっとそれを一気に飲み干すした。  すると突然「ねえ、これってすごい偶然だと思わない?」と興奮気味に俺に向かって叫んできた。俺はあまりの興奮ぶりに少し驚いていたのだが、光希曰く「気にするな。快斗は異常なほどに酒に弱いんだ」ということで、そのまま見守ることにした。 「それでね、せっかくだから二人をくっつけようって話になったんだ。颯紀の二年越しの恋を叶えてあげたかったし、光希の不毛な想いも断ち切ってあげたかったし」  そう言って真っ赤になった顔で、楽しげに笑う快斗くんの口を、おそらく違う意味で真っ赤になった光希が、その手で覆って黙らせようとした。 「お前っ! なんでそういうこと言うんだよ!」 「いーだろ、この事には最初に触れておかないと、これから四人で会いづらくなるだろー?」  酔っているとはいえ、快斗くんはおそらく俺の存在を面白く思っていないんだろう。ただ、それも光希が四人の間でそれを隠さなければ、おそらくすぐに収まるはずだ。  別に俺は光希と付き合っていたわけじゃないし、恋愛対象として見ているわけでも無い。快斗くんが俺を知ってくれた方が、二人の付き合いも楽になるだろう。変に隠さずにいることで、少しずつでもこの集まりにタブーがなくなればいい。 「快斗くんがそう言ってるなら、変に隠さないほうがいいぞ。気遣いは必要だろうけど。それで、これが一番わからないんだけど、どうして普通に俺を紹介するだけじゃダメだったんだ? こんな芝居をする必要はあったのか? 響也先輩や梨花先輩はこのこと知ってるのか?」  俺は、この作戦を主導したのは光希だろうと思っていた。おそらく、こいつが脚本を書いて、二人を役者のように動かしていたんだろうと踏んでいた。  でも、どうやらそれは違っていたらしい。颯紀くんがとても申し訳なさそうな顔をして、俺に説明し始めた。 「一度会っただけで好きになりましたなんて、気持ち悪いかなと思って言えなかったんだ。それなら、何か理由をつけてやり取りして、その中で自然に好きになっていったみたいにしたいって、俺が光希くんに頼んだよ。それなら、告白付添の依頼人になればいいかって話になって。その関わりで連絡を取り合っているうちに、好きになりましたって話にしようかって事になって。響也さんも姉さんも、このことは知ってる。二人も協力してくれたんだ」  颯紀くんは、緊張しているのか、微かに震えていた。人間関係から逃げる癖のついている彼にとって、こういう話をすることは、とても苦痛を伴うはずだ。  ぎゅっと握りしめた手は、血管が圧迫されすぎて真っ白になっていた。小さく揺れ続けているその手に、颯紀くんの覚悟を見た気がした。  俺はその手を優しく包むように、その上にそっと手を重ねた。 「……大丈夫だよ、俺怒ってないから。ただ経緯を知りたいだけだからね」  颯紀くんは、その金色の瞳を俺の目へと向けた。俺の目の中に怒りの色が見えないことに安心したようで、ようやく力を緩めてくれた。

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