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第12話 自信がなくて2

「きょ、響也さんに俺が公音くんを好きだということを話して、あの飲み会の場に連れていって貰ったんだ。あの時、会いたくて会いたくて仕方がなかった公音くんが目の前にいて、嬉しくて持っていた紙袋をぎゅっと握りしめてしまったんだ。そしたら、俺のことネズミだと思ってパニック起こしたでしょう? あの時、どうしたらいいかわからなくなって、俺から話しかけられ無くなってしまって……。その後メッセージで連絡取り始めた時、どのタイミングで本当のことを話したらいいかわからなくなっちゃったんだ。結局そのままずるずる長引かせてるうちに、公音くんから依頼を断るという連絡が来てしまって。結局、言い出せなかった」  それを聞いて、やっとわかった。俺が颯紀くんに触れた時に起きた低周波、あれはおそらく、颯紀くんの恋心だったんだろう。  隠そうという意思がなければ、颯紀くんから暖色系のオーラが見えていたはずだ。でも、颯紀くんに伝えようとする意思が無いなら、オーラは見ることが出来ない。  それに、あの時はまだ、俺に自分自身の恋愛感情が理解出来ていない時だった。だから、自分に向けられている恋のオーラに、気がつく事も出来なかったんだろう。  それに、それまで俺にあの低周波の経験がなかったのも、あの時が初めて恋に落ちた瞬間だったからだろう。だから、あんな風に深いところで共鳴したんだ。表層の意識では理解できなかったことが、低周波という形になって現れた。 「まあ、確かに見ず知らずのサラリーマンから、突然好きですと言われたら驚くかも知れない。でも、あの日あれだけのことがあったんだから、別に好きになっても気持ち悪くは無いと思うよ」 「……本当に? だって知らないおじさんから好きだよって言われたら、怖くない?」  颯紀くんはそう言って、真剣に悩んでいるようだったのだけれど、俺はその姿を見ているとおかしくて吹き出してしまった。 「えっ、なんで笑ってるの?」  必死に話しているのに笑い飛ばされたと思った颯紀くんは、少しだけむくれていた。でも、おかしくて仕方がなかった。 「だってさ、友達の彼氏の友達な訳でしょ、俺って。結構近い存在じゃない? 光希の恋人が『こいついいやつだよ』って言ってくれたら、別に変なおじさんだとは思わないよ。それに、年の差も一つなんでしょ? 全然おじさんじゃ無いじゃない!」 「う……今考えるとね。でも、出会った時って、本当に残業ばっかりで疲れ果ててたから、実年齢以上に老けてたし。公音さんが言ってた学校って言葉も、俺は高校だと思ってたからね。公音さんが幼く見えてだけなんだってことは、光希くんに会ってからよくわかったけど」 「え、なんか馬鹿にされてる?」  俺が和まそうとして冗談を言うと、颯紀くんは真っ赤な顔をして「ごめん、そういうつもりじゃ……」と慌ててそれを否定する。そんな颯紀くんが可愛らしく見えて、楽しくて、俺はまた吹き出してしまった。 「ねーねーねー。公音さあ、忘れてるかも知んねーけど、この話は光希の恋を終わらせることも目的だったんだからな。つまり、颯紀の都合だけで決めた訳じゃねーの。光希をさあー、どうにかしてあげたかったんだよねー。俺のためにもねー。だからー、半分は俺のせーだよ」  ちょっと酔っ払った快斗くんが、突然砕けた物言いで俺にそう話し始めた。じっと俺を見つめている目は、さっきまで燻っていた敵意が消え、すっきりとした友情の色に変わっていた。 「口移しの件はねー、俺の提案だからね。公音さー、強烈にいい人っぽいだろ? 颯紀のことー、最後まで面倒見れなかったの、絶対気にしてるだろうなーって思ってさ。少し記憶飛ばしてそうだなって。記憶を引っ張り出すための、強烈なカギが必要だなって思って」 「えっ!? あれ、快斗くんが言い出したの!? い、いやじゃ無かった? 光希と俺が……」 「そりゃああね。嫌でしょ。だから、見たくは無いって言った。二人の時にしろよって。それと、その日はどれだけ遅くなっても、後で俺と会ってくれって頼んだ。それならいいからって」  そう言いながら、光希の方にもたれ掛かると、「ねえ、光希ー」と猫のように戯れてついた。光希はそんな快斗くんのことを、申し訳なさそうに見ている。大きな手で快斗くんの髪を撫でながら、「ありがとな」と呟くと、綺麗な黒髪に愛おしそうに口付けた。 「そういえば、快斗くんって黒髪で茶色い瞳なんだね。あのプラチナブロンドの髪と金色の目って……」 「ああ、髪は染めてた。目はカラコン。公音に颯紀を思い出してもらうためにね」 「そっか……」  俺は正直驚いていた。この作戦は、快斗くんの協力が無いと成り立たないものばかりだった。こんな回りくどいことをせず、全部言葉で言わせれば良かったことも多い。  それなのに、たくさんの我慢をしてまで、大事な友人と恋人の幸せを願ってあげたんだ。光希が好きになるのもわかる気がした。 「なんか……すごいんだね、快斗くん。献身的なんだ」 「いや、そう言うことじゃないな。俺は、ただ単に自信があるだけ。光希が公音にフラフラするようなら、俺の方に戻りたいようにすればいいだろ? それができる自信があるんだよ。だって俺、光希のことがすっごい好きだからね。何して欲しいかくらい、すぐわかるよ」  そう言ってイタズラっぽい笑みを俺に向けた。その顔を向けてくれた瞬間、快斗くんの周りに、俺に対する友情のオーラが見えた。クリアで深い青のオーラ。これで完全に心を許してくれたのがわかった。それを実感して、俺の胸は、ほわりと温まった。  そして、ふと思い出したことがある。颯紀くんと快斗くんのオーラの調和が出来なかったのは、二人が恋仲になることを望んでなかったからだと言う事だ。  ただあの時、俺にはオーラのサークルは見えていた。僅かだとしても、恋心がある場合にしか、あれは現れない。それはどう言う事なのだろうか。  俺がそれを訊いた途端、快斗くんは嬉しそうに満面の笑を浮かべた。そして、それとは対照的に、光希は顔を真っ赤にして恥ずかしがり始めた。 「……もしかして、あの時店に光希もいた?」  それなら納得がいく。あの場に光希がいて、快斗くんが常に光希に対する気持ちを出していたなら、俺はそれを颯紀くんとの間のものだと思って勘違いしたかも知れない。  ただ、あのオーラはほとんどがオレンジ色だった。それは、ほぼ友情の色だった。と言うことは、光希はずっといたわけではない。 「ちょっと、はっきり言ってもらってもいい? お前どこにいたの? 二人の間のオーラはオレンジだった。でもたまにピンク色に変わってて、それが……」 「トイレ」  話が長引きそうだと判断した快斗くんが、突然大きくてドスの効いた声で叫んだ。 「トイレ? 行くの?」 「違うよ」 「……快斗!」 「トイレにいたんだよ」 「え?」 「光希。トイレにいた」 「え、トイレ? なんでまた……」  その時、俺は思い出した。颯紀くんと目があった時、確か快斗くんはトイレから戻って来たんだった。ちょうどそのタイミングで、オーラはピンク色に変わっていた。というよりは、よく考えたら、その時だけだったかも知れない。 「光希に会って、オーラを騙してたってこと? そんなこと初めてされたよ!」 「まあ、そうだろうねー。それもさあ、会ってただけじゃ無いから。会うだけじゃ、そんなことは出来ないと思うよ。言っただろ? トイレで具合が悪くなった人がいたみたいで、混んでたって。それだけ戻りが遅かったってことだよ。……まだわかんない?」 「トイレで時間がかかる……えっ!?」  もしかして、と思い当たったことを口にする勇気も無く光希を見てみると、首まで真っ赤になった状態でテーブルに突っ伏していた。 「そっ……そこまでして騙さなくても!」 「だーかーらー! 騙すのに必死だったとかじゃ無いんだよ。俺がしたかったからしただけ。颯紀がどうしても公音に思い出して欲しいっていうから、そうなるように色々仕掛けたけどさ。それ以外のことは、俺がただ楽しんでやってただけだよ。それと颯紀の思いとは関係無いところにあるから」  気がつくと、快斗くんはかなり酔っ払っていた。ただ、悪酔いしているという感じではなく、とても楽しそうに出来上がっている。俺に向かって、その長い指を突きつけると、やや声を張り上げて言い切った。 「颯紀が声が好きだって言ったからって、それが全てだと思っていちいち引っかかってんじゃないの! それがパッと頭に浮かんだから言っただけであって、そんな単純な話じゃ無いから! 人と話すのが苦手だから上手く言えないけど、すごく好きになってるんだよ、公音のこと。わかった!? 説明が苦手なだけなんだからな!」 「も、もしかして、気づいてたの? 俺がそのことに引っかかってたって……」 「接客業をなめんなよー。話してる時の表情とかですぐわかるんだよ。声が好きだっていう話した時に顔を顰めただろう? もし好きになった理由がそれだけなら、颯紀は自分じゃなくて能力を好きになっただけかも知れないって思ったんだろ? でも、違うから」 「うそ、そんなことまで見抜くの……ちょっと怖い」  俺が怯んでそう零すと、光希がふっと息を吐きながら言った。 「お前は意外とわかりやすいよ」  そして、熱弁を奮って興奮した快斗くんを、よしよしと宥めながら抱きしめた。 「もう好きって認めたんなら、いちいち小さいことで逃げ道を準備しないように。お前忘れてるかも知れないけれど、能力のあるなし関係なく、同性での付き合いは結構な覚悟が必要だからな」  そう言って、あーんと口を開けている快斗くんに、刺身を一切れ食べさせた。それを美味しそうに食べる快斗くんの顔を見て、嬉しそうに顔を綻ばせている。その幸せそうな姿を見ていると、俺も胸のつかえが取れたような気がした。 「あーなんか、大体はわかったよ。説明してくれて、ありがとう。でも、二度とするなよ。全部正直に話してな、颯紀くん」  俺は颯紀くんの背中を思い切り平手で張った。颯紀くんは、「うん。ごめん」と言うと、ほっとしたのか、突然涙を流し始めた。  見かねた快斗くんが、「両想い、良かったねえ。ほらもう泣くな! 笑っとけ、颯紀ー」と言いながら颯紀くんの口に刺身を突っ込んだ。さっき自分がされたことと同じようなことをして、ゲラゲラと笑っている。 ——あー、好きだわ。  認めてしまえば、気持ちはかなり深くなっていた。それはもう、今更失うことなど考えたくも無いほどに育っていた。心の底にあった一抹の不安すら、快斗くんに払拭されてしまった。 「もう、幸せになることを考えるしかないね」  そう呟いた俺に、光希が「そうだぞ。俺のためにも、幸せになれ」と答えた。

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