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第13話 みんな同じ1
『今日は俺のうちに来ませんか?』
そうメッセージを貰ったのは、寝起きの布団の中。夢で颯紀くんから優しいキスを全身に浴びせられて、気持ちよくなった状態で起きた瞬間だった。無意識に頭の中に裸の颯紀くんを想像してしまい、一人で悶えてしまった。
「ああ、あんな夢見た後だから……。そんな、でも、そうだよな、する……かもしれない?」
紆余曲折を乗り越えて、付き合い始めたあの日から、もう二ヶ月ほど経つ。
あの日以来、颯紀くんは出張や残業で忙しく、なかなか会うことが出来無くなっていた。約束して待ち合わせ場所に来たかと思えば「ごめん、トラブルで呼び出された」と言い、そのまま帰ってしまうこともしばしば。
繋がりといえば、メッセージのやり取りくらいだ。それだって仕事中には見る余裕すらも無いようで、返事が夜中に来ていればいい方だった。
あまりにもそれが続くため、俺も返事が必要そうなメッセージは送らなくなり、気がつけばほぼ挨拶のみのような短いメッセージばかり送っていた。
社会人同士の付き合いなのだから、こういうことがあるのはわかりきっていたけれど、実際そうなると言いようのない寂しさが募っていく。
「だからって、あんな夢見るなんて……どれだけ寂しいんだよ、俺」
思わず、両手で顔を覆って項垂れた。
お家デートにする理由は、俺とゆっくり話したいからだと颯紀くんは言う。そのメッセージを見た時、生まれて初めて、嬉しさで胸が苦しくなった。
颯紀くんが俺に望んでいることは、俺とリラックスして過ごしたいということだ。それは、俺が颯紀くんの癒しになれたという証でもある。俺には、それがとても嬉しかった。
「ただなあ。気になるんだよなあ、どうしても」
俺は、胸の奥につかえたものをどうにかしたかった。それでも、もう二ヶ月ずっとそのモヤモヤを抱えたまま過ごしてる。相談相手を失ってしまったからだ。
俺の相談相手は、これまでずっと光希だった。いくら彼氏が出来ているからとはいえ、失恋相手である俺の恋の悩みを聞いてもらうなんてことは、どうしても出来なかった。
それでも、気になって仕方がないのだ。「声が好き」だと言われたことが……。
「その声って、俺が調和させた声だよな、多分」
そう言いながら、大きく息を吐き出した。調和させた声で伝えた言葉に安心したのだとしたら、それで好きになったのだとしたら……。それは俺を好きだといえるのか?俺には、どうしてもその答えが出せなかった。
「快斗くんは、そんなことを気にするなって言ってたし、もう気にならないと思ってたんだけどな……」
あまりに会えない日が続いてしまったからだろうか、募る不安に原因を探してしまうと、いつもそこに行き当たってしまうのだった。
メッセージアプリを開いたまま返事が出来ずにいると、階下から母が誰かと話している声が聞こえてきた。休日は昼間が一番うるさい母は、絶好調で誰かと世間話をしていた。
相手の声はほぼ聞こえないのに、母の声だけがよく聞こえてくる。たまに俺の噂をしていたりするのだけれど、俺に聞こえているのがわかっているにも関わらず、下世話な話をしていたりするのでとても困っている。
「そうなのよー、何か暗い顔しちゃっててね。気になることがあれば聞けばいいのにねえ。誰に似たんだか、いつまでもジメジメするのが好きで困っちゃうわー。彼氏が出来てハッピーなんじゃないのかって言いたくなるわよね。我が息子ながら、何考えてるんだか全くわからないわよ」
俺は思わずベッドから飛び出すと、そのまま階下に向けて走り出した。あんなデカイ声で、誰に息子の恋バナをしているのか知らないけれど、早く止めないとこのあたり一帯に、俺に彼氏が出来たことが広まってしまう。
ご近所さんはいい人たちばかりだけれど、恋人が出来たタイミングや、相手が同性だと言うこと、それ以外の詳細まで知られるのは、さすがに勘弁して欲しい。
「母さん! 人の話をそんなデカイ声で……」
「お邪魔してまーす。ちょっと話あるんだけどー」
休日の朝っぱらから心臓に悪いことが続く。そこにいたのは、まさかの快斗くんだった。しかも光希が一緒なわけでもなく、一人でうちに来ていた。
快斗くんは今日は仕事のはずだ。この前聞いたから、間違いないはず。それなのに、俺に話があると言ってわざわざ家にまで来るなんて、どういうことなんだろうか。
「ど、どうしたの?」
「だから、話があるんだって。あ、先に返信して、颯紀に。いいよーって。ほら、早く」
光希がいる時とは全く違う、肝の座った口調と圧が襲ってくる。口調は軽さを残しつつも、とにかく押しが、圧が強かった。
ただ、この件に関しては俺もきちんと考えたいと思っていることなので、流されるわけにはいかず「でも……」と口ごもったところ、快斗くんはテーブルを叩きながら立ち上がった。
「いいから! 詳しい話は後だ! 別れるつもりがないなら返信しろ! このままじゃ颯紀に振られるぞ!」
「えっ? なんで? なんでそんな……」
「い、い、か、ら!」
まるで鬼のような形相で詰め寄られ、半強制的に「いいよ」とだけ返信させられた。それを見て満足したのか、いつもの明るい快斗くんへと戻っていく。
そして、くるりと母に向き直りると「息子さんのお部屋でお話しさせていただいてもよろしいですか?」と不気味なくらい明るい笑顔で訊いた。
母は、どうやら快斗くんから何か聞いているようで、意味ありげに口の端を持ち上げると、「どうぞどうぞ、ごゆっくり。後でお茶お持ちしますね」と嘘くさいセリフのような言葉を吐いた。
「公音、いこう」
快斗くんはそう言って俺の前を通り抜けると、まるで自分の部屋へ戻るように、躊躇いもなく二階へと上がって行った。
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