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第14話 みんな同じ2

「座っていい?」  小さなデスクとベッドしかない殺風景な部屋で、快斗くんは俺の返事を待たずに、ベッドに腰掛けるように座った。なんとなく隣に座るのは憚られて、俺はデスクの方へと向かう。椅子に座って快斗くんの方を向くと、怒りの形相でこちらを見ていた。 「ど、どうしたの? なんでそんなに怒って……」 「公音さあ、なんで颯紀に会いにいかないの?」 「えっ?」  快斗くんはベッドにゴロンと転がり、腕を組んで頭上へとあげると、思い切り伸びをした。  セミダブルのベッドに横になってもそれが小さく見えるほど、快斗くんは大きい。伸びをすると、足がベッドフレームに収まりきらなくなり、片足を下にだらんと垂らした状態になっていく。  部屋に上がる時にも思ったけれど、初めて来たとは思えないほどのリラックスぶりだ。俺はそれにただ驚いていたのだが、快斗くんはそれを察したらしく「光希が公音の話ばっかりするから、初めて来た気がしない」と言って笑った。  俺は少し離れて椅子に座り、ベッドの上でゴロゴロと転がる青年を見ていた。ここまで気を許されると、こちらも緊張するのがバカらしくなってくる。畏まって座っていたのだが、足を組んで背もたれに体を預けることにした。 「ねえ、颯紀も光希も落ち込んでるんだけど。二人とも俺に連絡してくるから、俺のプライベートは公音との関係性に関する相談ばっかりでさ。もーいい加減に面倒くさくなってきたから、俺が直接公音に話を聞いてやろうと思ったわけよ」  疲れ切ったような表情でそう言う快斗くんを見て、なるほどと納得した。颯紀くんは俺の恋人であると同時に、快斗くんと長年の友人だし、光希は彼の恋人で、俺は二人の共通の友人にあたる。  そうなると、二人が俺のことで快斗くんに相談するのは、当然のことだろう。それにしたって、二人同時に同じことで相談されるなんて、それはかなり面倒くさいはずだ。俺は快斗くんに「ごめんね、俺のせいで」と詫びた。 「別にそれはいいんだよ。二人が悩んでるなら、それに応えるのは別に嫌じゃない。でもさ、二人とも悩んでても仕方が無いことで悩んでるから。まず、光希の件はスッキリさせよう。公音は、光希がお前のことを好きだったから、恋愛相談をするのは気が進まないんだろ? でも光希はそれを寂しがってる。また相談してやってくれよ」 「でもさ、自分が好きだった人に、恋愛の相談されるのって辛くない? それに、快斗くんも嫌じゃないの? もしかしたら、俺が相談することで、光希が動揺するかもしれないのに……」  これは自惚れに聞こえるかもしれないが、俺にはこれが現実で起きてほしくないという思いが強い。遠慮して周りくどい言い方をするよりも、快斗くんにははっきりストレートに訊いた方がいい気がした。  俺のその思いを汲み取ってくれた快斗くんは、グタグタ悩んでいる俺に向かって、スッパリと一言で答えをくれた。 「俺と光希が一緒にいる時に相談すれば良くない? もし公音が光希に相談して、あいつがセンチメンタルになったとしても、隣にいればすぐ慰めてやれるから。キスでもハグでもしてやるよ。必要ならそれ以上でもね。俺にしか出来ないこと、俺だけが出来ることがあるんだから。言っただろ? 光希に何をしてあげたらいいかくらい、すぐわかるんだってば。お前はちょっと、俺を甘く見ているね」  ビシッと人差し指を立てた快斗くんは、そう言ってふっと優しく微笑んだ。その柔らかい笑顔は、澱んだ俺の胸の内を透くほどに綺麗だった。光希の話をしたすると、いつも快斗くんの笑顔は輝く。それほど光希のことが好きで、俺なんかが割って入る隙間なんて無いんだと見せつけてくれる。 「そんなに好きなんだ、光希のこと」  俺のその言葉に、快斗くんはしっかりと頷いた。 「だから、友達としての距離は変えないでやってくれよ。それは俺には出来ないことだから」  そう言ってニヤリと笑う顔は、さっきとはまた違う笑顔で、有無を言わせない圧と無邪気さが同居する、小悪魔的な魅力があった。 「そう……だね。落ち込みかける度にキスしてもらえるなら、俺は逆に光希から感謝されるかもしれない」 「だろ?」と言いながら快斗くんはまた笑う。  実際に二人でいる時の様子を見ていると、光希も快斗くんにベタ惚れなんだろうなと言うことはよくわかった。  なんだかんだ言いながらも必ず都合を合わせて会いにいくし、抱きつかれるたびに満面の笑みで抱きしめ返す。それをもう何度も見た。その時の二人はとてもいい顔をしていて、見ているだけで胸がいっぱいになる。 「なあ、この二ヶ月俺たちのことを見てたなら、わかるだろう? 辛い時は、恋人にはそばにいて欲しいもんだよ。颯紀は仕事で疲れてて、時々上司から暴言吐かれたりもしてる。どれほど酷い環境で働いてるかって、もう知ってるよな? 寝不足になって熱中症で倒れるような会社なんだよ」  そう言われて、俺はスーッと血の気が引いた。忙しいとは知っていたけれど、まさかそこまで追い詰められているとは思っていなかった。 「えっ、またあんな風になってるの? でも、じゃあなんで颯紀くんは俺に連絡くれないんだろう……」  会わないうちに嫌われてしまったのだろうかと考えてしまい、また落ち込みかけた。  すると、今度は快斗くんが立ち上がり、俺のデスクの方までやって来ると、大きな音を立てて机を叩いた。あまりの迫力に怯んだ俺は、驚きすぎて腰を抜かしそうになった。 「鈍い! なんて鈍いんだ公音! あんた本当に心の調和とかできんの? そんなのお前から……」 「待って!」  俺は、快斗くんのその言葉に、少しだけ引っ掛かりを感じた。もし、思った通りなら、心配していることは全て吹き飛ばされることになるかもしれない。 「ん? 何、どうかした?」  俺が颯紀くんのして欲しいことを理解できていないと言うのなら、それは何度か電話で話しているにも関わらず、能力で颯紀くんをコントロールしていないということなんじゃないだろうか。  もしそれをしているのなら、こんな風にコミュニケーションで悩みが起きるわけが無い。 「ねえ、俺って鈍い?」  思わず快斗くんの服の裾をガッシリと握りしめてしまった。でも、これはそれほど俺にとっては嬉しい気づきだった。 「鈍い……だろ? 颯紀が連絡してこないのは、お前からの連絡を待ってるからじゃないの? いつも光希のことを褒めちぎってるお前が、自分から颯紀と話したいと思ってくれるのを待ってるんじゃない?」 「えっ!? それ、どう言うこと? もしかして、俺颯紀くんのこと悲しませてる?」  驚いてポカンとしている俺の方を見て、快斗くんもポカンとしていた。そして、急に大きな声で笑い始めた。 「お前……まじかー! ハーモニアス無いとすんげー鈍いんだな! 恋人の前で自分を好きだった人のことをかっこいいとか言ってただろ? それがどんな意図なのかは正確に伝えないと、相手は嫉妬するんだよ」  快斗くんの説明を聞いて、俺は慌てた。確かに、何度か光希のスーツ姿がかっこいいという話をしたことががる。それを聞いている時の颯紀くんの顔がどんなだったか、全く思い出せない。  俺にとっては光希は恋愛対象外だ。だから他意はなくて、造形的に美しいって話をしていたんだけれど、そこはまだ颯紀くんには納得しきれていないのかもしれない。急に不安になってしまった。 「ダメだぞ、能力にだけ頼ってちゃ。と言うより、逆だな。もっとその力を自分のためにも使えよ。それは颯紀も言ってた。公音は頑なだから、ケンカした時とかには、絶対に調和させようとしないって。そうなると、自分のことを人に伝えることには慣れてないから、普通の人よりもケンカが拗れやすいって。他人のためにばっかり調和させてないで、自分のためにも少しはやればいいのにってな」 「それ、本当?」 「うん、間違いないよ。俺はそれを聞いて、公音ってバカだなあって思ったから、間違いない」 「そうか、そうなんだ。それ聞けてよかったかも……でも、え? なんだか二人とも俺に酷くない?」 ——よかった。  俺は颯紀くんを支配しようとしていないと、二人が証明してくれた。 ——父さんと母さんの教えを、ちゃんと守れてた。  俺は、自分の気持ちや意思を伝えるためだけにこの力を使うことはない。そう意識して生活している。それをすることを両親は特に恐れていて、小さい頃からそれを厳しく禁じられてきた。  能力を使うのは、誰かに頼まれた時だけ。自分以外の意思疎通を手助けする時にしか使わないようにしている。  一度だけ、その禁忌を破った。それが、あの夏に颯紀くんを助けた時だった。それ以降、一度も自分の言葉を調和させるようなことはしてこなかった。  その誓いを無意識に破っていたのでは無いか、颯紀くんを支配していたのでは無いかという不安が、スーッと溶けて無くなっていくのがわかった。

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