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第15話 みんな同じ3

「ねえ、快斗くん。俺はこの力で颯紀くんを支配してしまったんじゃないかと思って、それをずっと悩んでたんだ。あの日のことだけじゃなくて、普段から自分が颯紀くんに無意識に調和させてたんじゃ無いかって。ずっと調和してると、コミュニケーションが楽になるから、好きだと錯覚してるんじゃ無いかって思って……」  すると、快斗くんは、再びポカーンとした。そして、そのままの状態で、くるくると目を忙しなく動かし、何かを考え込んでいた。  顎に拳を当ててぶつぶつと呟いた後に、大きくひとつ頷くと、勢いよく立ち上がって俺に言った。 「いやそれ、普通でしょ! 好きな人に思ってる事を伝えたくて頑張るのなんて、誰でもやるよ。それが公音にとっては、たまたま目に見えたりダイヤル回せたりするだけでさ。俺だってどう言えば光希が動くかとか考えるし。それに俺はそう言うのが得意だから、少しは思い通りになるよ!」  今度は俺がポカーンとする番だった。普通の人もそれをすると考えたことが、これまで一度も無かった。もしそれが正当なことであるなら、俺が自分の気持ちを伝えやすくしようとしても、何も問題はない事になる。 「ほ、本当に? それって、悪い事じゃないの?」  快斗くんは勢いよく立ち上がると、腰に手を当てて仁王立ちをした。そして、まるで勧善懲悪モノのドラマの決め台詞のように、鼻息荒く捲し立てた。 「悪くない! 世の中の全てを支配しようってならダメけど、好きな人と通じ合いたいって思うのは、全然悪くない! 問題は、そこに相手への愛とリスペクトがあるかどうかだけ! それが無いとただの支配になるからダメだと思うけど、あるなら全然問題ない!」  それはとても大きな宣言だった。「愛とリスペクト……」その言葉が、俺の頭の中に響き渡っていた。 『あんた、これを使って人をいいように操らないっていう約束を、私たちにしてくれる?』  小さい頃に両親から約束させられたんだ。人をいいように操るのはダメだって。だから、付き合うとか無理だろうなって思ってた。特定の誰かを好きになることが無かったから、いつの間にかそのことも忘れていたけど、ここへきてそれが自分を苦しめるようになっていた。 「さっき下でさ、おばさんが言ってたんだよ。もしかしたら、自分たちが不用意に言った言葉で、あの子は苦しんでるかもしれないって。その時はベストだと思っていた言葉が、大人になった公音を縛ってるのかもしれないって。……公音、親父さんたちが言ってた、『力を使う条件』はなんだった?」  快斗くんは、大人が子供に教えを与えるように、優しい口調で俺に問いかけてきた。そう言われて、俺は昔の両親の言葉を思い出してみた。ずっと頭の片隅にある、その言葉を探した。 「えーっと……『人を幸せにするためにだけ使う』だったな、確か」  人の心を動かせる力を持って生まれた。だから、それを私利私欲のためには、使わないという約束をした。それを快斗くんに伝えると、彼は大きくて包み込むような優しい笑顔で、俺のことを見て笑った。 「それには、お前も含まれるんじゃないの? お前も『人』だろ?」 「えっ?」  俺は、驚いた。それは暴論じゃないだろうか。確かに俺も人だけど、それじゃあなんのための制御なのかわからない。 「子供の頃だと、そう言わないと理解できないからそう言ったんだろうな。そうしておけば、少なくとも自分の都合のいいように人を動かそうとはしなくなるだろうから。お前は根がまっすぐでいい人みたいだから、それをずっと守って来たんだろう? 大体の人間は、成長とともに少しは狡くなって、それなりに自分のために使ったりするもんだよ。でも、お前はそうじゃ無かった。その辺を、おばさんが見誤ったらしいぞ」  快斗くんはそう言って、俺の肩をポンと叩いた。言われていることはわかっても、意味を理解することがなかなか出来ない。これまで自分を縛り付けて来たものを、取り払っていいんだと思うと、体が震えていくのがわかった。 「お、俺のために使っても……いいの?」  気がつくと、俺は泣いていた。心の奥の一番の望みは、決して言葉にしてはいけないと思っていた。俺がそれを口にすると言うことは、確実に相手にそれを伝えてしまうことになる。 ——僕は我慢しなきゃいけない。  そう思っていた頃を思い出した。その頃から、俺はずっと寂しくて、その隙間を埋めるために、人の役に立とうとしていた。 「俺を好きでいてって、言ってもいいのかな」  すると、快斗くんは大きな声で笑った。その大きな声は、俺の中の呪いを吹き飛ばしていく様だった。パリン、と何かが壊れるような気がした。 「いいに決まってるし、颯紀はもうお前が大好きだよ」 ——そうか、そうだった。  颯紀くんはもう、俺を好きでいてくれてるんだった。最初は支配だったのかもしれない。自分を颯紀くんに調和させて、伝わりやすくしたから。でも、それは永遠に続くものじゃない。その後の片想いは、颯紀くんの意思だ。  今の俺は、頑なに颯紀くんに対して力を使おうとしていないから、伝わるものも伝わらない。悪意なく、愛とリスペクトを持って使えば、それは普通のことなんだと、そして、それをしても構わないと、今初めて理解した。 ——言われてみれば、確かに普通のことだ。 「ありがとう、快斗くん。光希が君と付き合ってくれてよかった……答えをくれて、ありがとう」  快斗くんは、穏やかに笑うと、ぎゅっと優しいハグをしてくれた。 「心理学とかもコントロールなんだよ。大体が、危険と隣り合わせだ。結局はそれを使う人の心算次第ってことよ。公音、お前がいい人なのは光希が証明してくれてる。だから、俺は信用してるよ。心配するな。大丈夫、上手くいく」  そして背中をポンと叩くと、いつもの明るい笑顔を見せた。そして、「じゃあねー! またくるわー」と陽の気全開の快斗くんに戻って帰っていった。  彼が心のモヤを、全て吹き飛ばしてくれた。もう、颯紀くんに近づかない理由は無くなった。 「母さん、俺出かけてくるよ! 今日帰らないから!」  俺は急いでスマホを掴むと、上着を着ながら部屋を飛び出した。

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