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第13話 模擬戦②

 紗月が軽い気持ちで提案したであろう模擬戦は、護からしたらまたとないチャンスだった。 (あの紗月さんが、清人さんと組んで相手をしてくれるなんて、幸運としか言えない)  二人と仕事に行けるだけでも幸運、その先で戦闘を見られたら更に幸運。というのは13課に所属する者なら誰でも思う。  それくらい、紗月と清人のペアは敵なしであり、最強なのだ。  バディを組んでいた陽人より、紗月は清人との方が力を発揮する。それは陽人すらも認める事実だった。  紗月に向かいながら、護は短剣を収める。 (素手の力を乗せられて、伸縮可能な刃。血魔術を流し込んで先から火を扱えるような自由さが欲しい。刃は、三本が使い勝手がいい。直桜を守るための、刃だ)  右手に現れたのは、手甲鉤だ。刃を平ではなく縦にして、真ん中の一本を日本刀のように研ぎ澄ます。  指から雷の糸を伸ばす直桜を見て、咄嗟に思い付いた。 (やっぱり直桜は、俺に色んな気付きをくれる)  護の表情と右手の武器に気が付いた紗月が、目の色を変えた。 「いいね! 本気で打ち込んで来い!」  紗月が小太刀を構える。  さも嬉しそうに刀を振るう紗月に飛び込む。 (やっぱり紗月さんは、この仕事も自分の力も嫌っていない。こんなに嬉々として俺たちを指導してくれる。あんなに全身で、清人さんを信頼している)  紗月の小太刀が護の刃を受け止める。  刃が凌ぎ合ったところから、黒い煙が立ち上る。  大袈裟にすり合わせて後ろに飛びのく。紗月の小太刀が黒い炎を上げた。 「紗月、小太刀を離せ!」  清人の声が聞こえた瞬間に、紗月が獲物を捨てて後ろに下がった。清人の結界が小太刀を包むと、圧縮し始める。ぐちゃぐちゃに折れ曲がった小太刀を、清人の結界が飲み込んで消えた。 (空気の圧縮を自在にする清人さんの真空術。小太刀《あれ》が生き物だったらと思うと、怖いな)  紗月が日本刀を構えて、護に向き合う。 「じゃぁ、次、行こうか」 「そこまで」  紗月の声に被せて、忍が赤い三角旗を上げた。 「えぇ、何で? むしろ、ここからが楽しいんじゃないの?」 「いいや、ここまでだろ」  ぶぅたれる紗月の肩に手を置いて、清人が直桜を指さした。  直桜が膝を折って息を荒くしている。 「直桜⁉ どうしたんですか?」  駆け寄って、直桜の背中を摩る。  あの直桜がこの程度の模擬戦で消耗するはずがない。 「折角だから俺も、直日の神力使わないで自分の霊力だけでやってみたんだけどさ。思った以上に早くバテた」  はは、と笑う直桜の顔が疲れている。だが、とても楽しそうに笑っている。 「それだけじゃないだろ。護の武器の霊現体に神力送ってただろうが。何でも一気にやろうとするからバテるんだよ。普段は、やる気ねぇ現代っ子のくせに、らしくねぇぞ」  清人が屈んで、直桜の額を指で跳ねる。  はっとして、右手の手甲鉤を見詰める。  腹の神紋が熱い。確かに直桜の神力を感じた。 「だって護が凄く良いの作るから。色んな事、出来そうな武器だし、護の力に合ってるし。途中で消えないでほしかったんだよ」  感動して、言葉が出なかった。  直桜からインスピレーションを貰って試した武器を直桜が良いと思ってくれたことも。直桜を守るための武器を直桜が後押ししてくれたことも、嬉しい。  嬉しいが、直桜が疲弊してしまっては、意味がない。 「この無限空間にあれだけの雷の糸を巡らせて、稲妻落としまくって氷結結界張れば、普通はバテるよねぇ。省エネの清人の三倍くらい霊力使ったんじゃないの?」  紗月が清人を肘で突く。 「俺は無駄に霊力消費しないだけ。直桜はまだまだ無駄が多いんだよ。実践訓練、たっぷり必要だな」 「無駄というより、化野との連携訓練が必要だ。だが、悪くない戦法だった」  清人の言葉に忍が続く。 「俺、全然役に立ってなかったなぁ。清人と紗月みたいにできたら、護がもっと楽に戦えたのに」  しょんぼりする直桜に、護は笑いかけた。 「そんなことないですよ。直桜が清人さんの攻撃を全部防いでくれたから、安心して紗月さんに集中できました」  直桜が護を振り返る。その顔が照れているような喜んでいるような顔に見えて、可愛い。 「攻撃全部、防ごうとするから、無駄に霊力消費すんだよ。あと、雷の糸は使い方、要検討な。紗月には全く無意味だった」  清人が何時になく具体的なアドバイスをしている。  直桜がぐうの音も出ないという顔で押し黙っている。 「化野くんの動きは良かったよ。最後の黒い炎は血魔術?」  紗月の問いかけに、頷く。 「そうです。爪の長さを調節できるようにして、用途に合わせて変えれば併技も使えるかと思いました」 「一番短くしたらメリケンサックみたいにも使えそうだね。鬼の力、凝集して殴られたら堪らんわ」 「神紋を通して直桜の神力も使えますよ」 「直桜の代わりにぶん殴る感じ? いいね、それ。増幅装置みたいにも使えそう」  紗月と護の会話を聞いていた忍が、何かに納得したように頷いた。 「思った以上に実りがあったな。化野と直桜のバディは、13課の中でも毛色が違って、新しいかもな」  忍の言葉に、直桜がピクリと反応した。  隣の清人を思いっきり振り返る。 「後衛の戦い方、教えてよ。俺が護の足を引っ張ったら意味がないから」 「へぇ、直桜でもそんな風にやる気出したりするんだ。ダメダメすぎて悔しかった?」  揶揄い半分の清人の言葉に直桜が思いっきり頷いた。 「悔しいよ。清人は一割も霊力使ってないだろ。全然本気なんか出してないし。凄い人なのは知ってたけどさ。負けっぱなしは嫌だよ」  不貞腐れる直桜を眺めて、清人が何となく照れている。 「経験の差ってだけだろ。お前は、自分が戦う必要がない環境で育ってきたんだから。これから覚えれば、良いんだよ」  直桜の頭をぽんと撫でて、清人が顔を逸らして立ち上がる。  照れているのが背中でもわかって、護はこっそり吹き出した。 「雷の糸も、発想として悪くなかったけどねぇ。使い方の問題じゃないの? 例えば、直桜も武器を考えてみるとか」  紗月の提案に、直桜が顔を明るくする。  その言葉を遮るように、清人が振り返った。 「武器より、まずは力の使い方だ。雷は糸で使うより、小さな稲玉を幾つも空間に放つ方がプレッシャーになんだろ? 水で稲玉包んで水玉作れば感電させやすくなるしな。前衛の足場の作り方とか、攻撃の防ぎ方、防御結界の使い方とかをもっと……」  直桜が清人の腕に抱き付いた。 「明日から、清人の訓練受けたいんだけど」 「はぁ? 俺にも仕事が」 「明日は大きな仕事もないから、直桜の訓練に入っていいぞ。折角だ、一週間くらい鍛え込んでやると良い。その間は十二階のフロア(ここ)を貸してやる」  忍からあっさりと了承が降りて、清人がげんなりしている。 「十三階に藤埜の部屋も追加しておいてやる。訓練に疲れたら、下で休め」  別の意図が隠されていそうな忍の言葉に、護は苦笑いする。  紗月と清人の関係が、二人が望まない方向に向いてしまうのではないかと感じて、少しだけ不安な気持ちになった。

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