32 / 86
第29話 霧咲紗月の秘密
目が覚めると、護は既にベッドにいなかった。
昨日、集魂会の面々と話をしてから、護はどこか浮かない様子だった。
(無理もないよな。本当に首謀者が重田さんだったら、護はショックが大きいだろうから)
一緒に仕事をしたこともあるだろうし、調印式の話し振りからして、優士を信頼している様子だった。
護であの様子なら、清人や紗月、陽人はどう感じるのだろう。考えると、直桜も憂鬱になる。
部屋を出ると、護がキッチンで朝食の準備をしていた。
「直桜、おはようございます」
護が直桜に笑いかける。
その顔はいつもと変わらないように見えて、少しだけ安堵した。
「おはよ。護、早いね。顔洗ったら、俺も手伝うよ」
清人と紗月は昨日、遅くまで白雪と剣人の訓練をしていたようだから、きっと遅いだろう。
「ありがとうございます。待っていますね」
護の声を背中に聴いて、洗面所の扉を開ける。
知らない男が歯磨きをしていた。
「…………は?」
中肉中背といった体系に色白の肌と長い髪、中性的ではあるが、明らかに男だ。どこかで見たことがある気がするが、知り合いではない。
男が直桜に気が付き、ちらりと横目に見る。
「あ、おはよう、直桜。今、終わるから、待ってね」
如何にも知り合いのように声を掛けられて、どうしていいかわからない。
返事も出来ずに固まっていると、背中に誰かがぶつかった。
「悪ぃ、眠くて、ぼーっとしてた」
目を擦りながら、清人が欠伸をしている。
「き、清人、ねぇ、知らない人がいるんだけど」
咄嗟に清人の服を掴む。
目を開けた清人が目の前の男をじっと見詰めた。
「ああ、直桜は初めて見るのか。コレ、紗月だから安心しろ」
全然、安心できない答えが返ってきて、あんぐりと口を開ける。
「直桜、ごめーん。私、周期的に時々、男になっちゃうんだよ。今、ちょうどその時期、来ちゃってさぁ」
歯磨きを終えてタオルで顔を拭きながら、男が笑む。確かにその顔は紗月に似ていなくもないが。
「そんな、女性の生理みたいに男になったりすんの?」
自分でもよくわからない問いを投げた。
「ああ、そだね。ちょうど月経周期って感じよ。男になるのも五日程度だし、大体、月一だしね」
話し方は紗月だが、声が低いので違和感がありまくりだ。
「紗月さーん、今日も目玉焼き二つで良いですか?」
キッチンから護の声が飛んできた。
「うん、二つで~。男になっても食べる量、変わらないから大丈夫だよ」
「わかりましたー」
返事からして、護も慣れているようだ。
何だか疲れて脱力してしまった。
「慣れねぇと驚くよなぁ」
清人に肩をポンポンと叩かれる。
「驚く所の話じゃないよ。女の人が起きたら男になってるとか、初めて見たよ」
「いや、もっとびっくりな現象、俺たちは山ほど知ってるだろ。怪異の坩堝《るつぼ》で働いてんだぞ」
カラカラと笑いながら清人が歯磨きを始める。
「そうだけどさ」
ぶつくさ言いながら、直桜も隣に並んだ。
眠そうに半目で歯磨きをしている清人を、ちらりと窺う。
(重田さんのことを知ったら、きっと清人もショックだろうな。話すわけにはいかないけど)
あの場で話した内容は他言しないと、行基と約束している。
(それに、まだ何も起きてない。起こる前に何とか出来れば、ないのと同じだ)
紗月たちを悲しませる事態にはならない。
優士に関わることなら行基を始めとした集魂会が協力してくれるだろうし、巧くすれば今回は楓たち反魂儀呪の協力も仰げるかもしれない。
(状況を巧く使えば、俺と護だけでも何とかできるはずだ。解決しなくてもいい。重田さんに何もさせなければ、それでいい。重田さんの件、だけなら)
修吾と流離の件は、そうはいかない。
梛木の話し振りからして、今起きている事柄には、十年前の事件が深く関わっている。
きっとまだ、直桜が気が付いていない事件や事柄が、多くあるはずだ。
(本当に首謀者は重田さんなのかな。動機も状況証拠も揃ってる。けど、何かが、足りない気がする。何が、足りないんだろう)
十年前の儀式の現場で何があったのか。それを知らなければ、きっと答えは出ないのだと思った。
「直桜、そんなに磨いたら歯ブラシのケバケバ、全部抜けるぞ」
清人が呆れた顔で見下ろしている。
かなり気合を入れて歯磨きをしているように見えたらしい。
「日増しにいい感じになってきてるから、あんまり気合い入れ過ぎんなよ」
直桜の頭をポンと撫でて、清人が洗面所を出て行った。
どうやら、護との連携訓練について考え込んでいると思われたらしい。
(そういえば、訓練も継続中だった。うっかり忘れてた)
昨日一日の情報量が多すぎて、脳内処理するのに必死だった。
「うん、ありがと」
清人の怠そうな背中を眺めながら、自分にできることを必死に模索していた。
ともだちにシェアしよう!