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第34話 陽人の期待
陽人が、蛇の根付がついた木札を護に手渡した。
「これ……。どうして、桜谷さんが」
「十三階の部屋だよ。大事なものは落とすなと、直桜に伝えておいておくれ」
それは行基が直桜に渡した、集魂会の根城の鍵だ。
恐らく、落としたのではない。直桜が自分の部屋で保管していたはずだ。
「直桜が目を覚ましたら、また遊びに行くといい。今度は僕にも是非、紹介してくれたまえよ」
ひく、と口の端が引き攣った。集魂会の根城に行ったことが完全にバレている。
何と返事をするのが正解か、わからない。
見上げると、陽人がにっこりと笑みを返した。
怒っている風ではないが、何を考えているのかわからない笑顔だった。
(直桜が集魂会に関わることを、桜谷さんは咎めないのか。同じ反社でも反魂儀呪とは捉え方が違う気がする)
自分たちは反社ではないと語った行基の言葉も、あながち嘘ではないのかもしれない。陽人の反応を観て、そう感じた。
(だとしたら、桜谷さんは直桜に何かを期待しているのだろうか)
集魂会という組織を陽人がどう扱う気でいるのか。それも気になったが、それ以上に、陽人が直桜に掛ける期待の大きさが気になった。
陽人の言葉通り、直桜と護はこれまで、難題を多く解決してきている。しかし、それらは総て、直桜でなければ解決できなかった問題ばかりだ。
(直日神の惟神、神喰いの惟神、有史最強の惟神。どれも大袈裟な肩書にすぎないと思っていた。けれど、直桜は俺が思っている以上に特別な存在なのかもしれない)
護は直桜に向き直った。固く閉じた瞳は、開く気配がまるでない。
「どうすれば、直桜は目を覚ましてくれるでしょうか」
「そのうちに、目を覚ますよ」
あまりに適当な陽人の答えに、護は顔を上げた。
「惟神は触れるな。浄化はするな。呪詛ではなく毒。これだけの情報では、正直、私もお手上げでね」
後ろで要が、本当に手を上げている。
「しかし、一つ言えるのは、今後も同じような事態は起こり得る、ということだ。更に厄介なことに恐らくこの毒は、重ねる度に致死率がアップする猛毒になる」
護の顔から血の気が失せた。
「どうしてですか?」
「直桜の浄化スタイルは、一度体内に穢れを取り込み聞食す。その時、欠片でも毒が混じれば、体内に残る」
自分の魂魄を祓ってもらった時のことを思い出し、はっとした。
あの時の浄化で既に直桜の中に毒が蓄積されていたとしたら。今回の紗月の浄化で残った毒と合わさり、直桜をこんな状態にしているのかもしれない。
「久我山あやめが、惟神を殺す毒をどこに捲いているか、わからないってことですね」
護の魂魄も紗月の魂の呪詛も、直桜に出会うより遥か昔に掛けられたものだ。ターゲットが直桜だけではないと考えても、可能性は計り知れない。
(久我山あやめが既にいなくても、槐なら、それくらいのこと、やりかねない。今までが、ずっとそうだ)
「清祓や浄化は直桜にとって息を吸うのと変わらないだろ。避ける方が難しい」
要の説明に、ぎりっと歯軋りした。
反魂儀呪の、槐のそういうやり口が、護は死ぬほど嫌いだ。
「そのうちに反魂儀呪の方から動き出すだろう。毒を使うなら解毒剤が必須だ。取引にならないからね」
「槐がこの状況を見越していたと?」
「何時こうなっても良いように、準備はしてあるだろうね。直桜の気配も察知しているだろう。尤も、この地下まで触手を伸ばせるかは、疑問だがね」
言ってから愚問を投げてしまったと思った。
槐はそういう男だと、今しがた再確認したばかりなのに。
「槐が取引を持ち掛けてくるのが早いか、直桜が解毒して目を覚ますのが早いか。それだけの話だよ」
「桜谷さんは、直桜を信じているのですね」
さっきから陽人は、直桜が目を覚ます前提で話を進めている。
今の直桜の姿を前にしては、護はそんな風に考えられない。
「戻ってくると、本人が言ったんだろ?」
振ってきた声に、護は俯いた顔を上げた。
「直桜が自分から、浄化して戻ってくると言ったんだ。戻ってくるさ。直桜は、出来ないことを出来るという子では、ないからね」
陽人が手を伸ばす。
眠る直桜の肌をするりと撫でた。
「向上心がなくて困ると思った時期もあったが、こういう時は、正直な性格に安堵するよ」
直桜の頬を撫でる陽人の横顔は、見たこともないくらい優しかった。
陽人が護を振り返った。
「外で何が起きても気にしなくていい。13課の他の者が対処する。化野は直桜の傍について助けてやれ。それがお前の今の仕事だよ」
ぽんと肩を叩かれて、護は俯いた。
「しかし、私には、傍にいる以外に出来ることなんて」
「それでいい。神紋を持つ化野が直桜の傍を離れる方が、今は危険だ。惟神の眷族としての自覚を持て」
陽人が、護に顔を近づけた。
「僕はね、直桜も化野も、こんなところで失う気はないんだ。何を差し置いても主を守る、それが眷族だ。化野にしかできない仕事が必ずあるよ」
気圧されて、頷くことしかできなかった。
護の顔に満足したのか、陽人は部屋を出て行った。
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