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第36話 眷族の役目

 ふと、後ろから腕が伸びて、直日神の腕を掴み上げた。 「護……」  振り返ると、護がいた。  掴んだ腕を持ち挙げて、護が直日神の体を黒い泥から引き上げた。 「もっと早くに呼んでくれないと、困ります。私一人の意志じゃ、直桜の中には来られないんですよ」  護が黒い泥に触れる。  直日神の体を汚していた穢れが、跡形もなく消えた。 「主を救うのが、眷族の役目ですから」  護が直桜に手を伸ばす。  その手を躊躇いなく握った。  真っ黒だった空間にぼんやりと灯りが灯った。 「やれやれ、厄介なモノを盛ってくれたな。さすがの吾も少し疲れた」  仄暗い灯が大きくなって、直桜と護を包み込んだ。  直日神の温かな光が、黒かった空間を白く染めていく。 「直日、戻ったの?」  見上げる直桜に、直日神が微笑んだ。 「直桜がいなければ、吾は在る必要すらない。直桜は吾の総てだ」  直桜の髪に直日神が頬を寄せる。  思わず込み上げそうになった涙をぐっと堪えた。 「今は、護も直桜の一部ぞ」  同じように、護の髪にも頬を寄せる。  護が照れた顔で笑んだ。 「アレって、何だったのかな。直日の体に纏わりついてた黒い泥みたいの」 「穢れの塊のように感じましたが」  直日神が難しい顔をする。 「穢れには違いあるまい。強い執念という想いを凝集した、恨みよ。呪詛や呪法よりよほど単純で、根が深い」 「恨み、ですか……」  護が、ぞっとしない声を出す。  背筋に寒気が走った。 「俺は何で、久我山あやめにそこまで恨まれているのかな。思い当たる節がないんだけど」 「直桜個人ではないのだろう。吾や惟神、瀬田家、八張家、ひいては集落総てが恨みの元、その矛先が直桜なのだろうな」  大変、迷惑な話だと思う。  同時に、憐みと申し訳なさが湧き上がった。 「助けてほしかったのかな。望んだ婚姻じゃなかったって話だし、集落では冷遇されてたって聞いた。恨まれるだけのことを、集落はしたのかもね」 「それでも、許される行為ではありません。矛先が直桜に向くのも不当です」  護の言葉は尤もだ。  直桜とて、同情はするが許すつもりはない。 「とりあえず、この毒、他の惟神が盛られたら下手すれば死んじゃうから、対策を考えないとね」  直日神ですら、ここまで追い込まれ疲弊したのだ。  他の惟神が同じ目に遭ったら、神の存在すら消えかねない。  そこまで考えて、はっとした。 「久我山あやめは俺に、根の国底の国で待っているって言ってた。修吾おじさんが抑えているんなら、同じ毒を速佐須良にも使っているんじゃ……。だから流離が、あんな状態になっているんじゃないの?」  直日神が呻った。 「有り得るな。惟神二人掛かりで神力を維持しておるのやもしれぬ」  直桜は護を振り返った。 「護なら、あの毒を消せるよね。あれって、どうやったの?」 「えっと、神紋を通して直桜からもらった神気を自分の霊力に混ぜました」  たじろぐ護の言葉に、直日神がニヤリとした。 「そうか、穢れには穢れか」  不思議そうな顔をした直桜に、護が説明する。 「鬼の霊力には、元々多少の穢れが混じっています。だから邪魅で自分の力を増幅できるんですよ。魔を盛るとは鬼の力のことです」  納得しかなかった。  以前に祓った護の腹の中の魂魄が自然と邪魅を纏っていたのは、護の霊力を吸っていたからだった。 「穢れを纏った霊力に神気を混ぜるのか。鬼神ならではって感じだね。それって、他の惟神にも使えるかな」  直日神を振り返る。  余裕の笑みで頷いた。 「問題なかろう。速佐須良を救ってやれるやも知れぬな。だが、その前に考えるべき手段があるぞ」  直日神が二人を眺める。  直桜と護は顔を合わせて首を傾げた。 「梛木が話しておったろう。惟神を解放するだけでは済まぬ。根の国底の国に堕としても流離わぬ呪物を、どう扱うか」  確かに、その通りだ。  本来なら根の国底の国に堕とした穢れは流離って消える。祓戸四神の四ノ神である速佐須良姫神ですら消せない穢れの消滅は難しい。  消せない以上、封じるしかない。 「封印するなら一度、現世(こっち)に戻さないといけないね」 「現世(うつしよ)に戻せば、そこを狙って反魂儀呪が動くかもしれません。場合によっては、重田さんも」  そこまで言って、護は口を閉じた。 「他の幽世(かくりよ)に堕とすのも、迷惑な話だろうしなぁ」  確認できるだけで幾つか存在する幽世には、それぞれに何者かが生きて生活している。現世と変わりはないのだ。 「何、ここで決めずとも良い。仲間と相談せよ。二人にはもう、心強き仲間が大勢いよう」  直日神が直桜と護の肩を抱く。  二人は直日神に向かい、力強く頷いた。

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