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第37話 招かれざる来客
病室に入った清人は、ドキリと心臓が下がった。
付き添っている護が眠ったままの直桜の手を握って、気を失っている。
「おい、護。無事か?」
「触れない方が良いよ。今、大事なお仕事中だろうから」
壁の方から飛んできた声に、振り返る。
重田優士が清人に向かってニコリと笑んだ。
「重田さん、もしかして、付き添いですか?」
「そう。桜ちゃんに頼まれてね。化野は恐らく瀬田君に呼ばれるだろうから、診ていてやってほしいってさ」
優士がクイクイとパイプ椅子を指さした。
「藤埜も、さっちゃんの付き添いであんまり寝てないだろ。とりあえず座ったら?」
促されるまま、椅子に腰かける。
先輩を立たせたまま座るというのも、あまり居心地が良くない。
それ以上に、この場所に優士がいる事実は、清人にとってあまり歓迎できるものではなかった。
「重田さんが地下に入るのって、久し振りですよね。いつ振りですか?」
「五年振りくらいかな。移動になってから、来る機会も減ったからね」
「ですよねー……」
13課から組織犯罪対策部に異動になり、その後警視庁に出向になっていた重田だ。本人の意向を強く受けての陽人の根回しだと聞いている。
本来なら、13課の人間が警察庁の他部署に移動する事態は滅多にない。そもそも13課自体が、警察庁の内部組織でありながら警察としての体を成さない組織だからだ。重田の移動は異例中の異例、というより陽人のゴリ押しだった。
「高学歴っていうのは、便利ですね」
移動が叶ったのは、重田の警察官としての利用価値が認められたためでもあったろう。それはつまり、いわゆる一般人としても生きられる人間だと判断された結果だ。
「藤埜だってそれなりの大学を出ているだろ。移動したいなら、申請してみれば?」
優士がクスクスと笑う。
「俺は13課で満足してるんで。他の部署に興味ないっす」
「そうだよね。伊豆能売の魂を得たさっちゃんは、きっと13課に戻る。藤埜は13課を離れたくないよね」
優士の手が清人の肩に触れた。
「耳が早いっすね。紗月の件、もう知ってるんすか。陽人さんから話を?」
肩に触れた手がするりと伸びて、優士が後ろから清人を抱き締めた。
「もう、俺と遊ぶ気にもならないかな。俺はまた、藤埜と遊びたいけど」
優士の手が清人の股間に伸びた。服の上から弄られる。
「遊びなら、良いすけど。重田さん、本気でしょ?」
されるがままの清人に、優士が顔を寄せた。
「前は何で、俺と遊んでくれたの? 俺が可哀想だったから?」
頬に唇を寄せられて、ぞわりとする。
服の上から擦られる股間が、盛り上がる。
「あん時は俺もフリーだったんで。男とは遊びだけって決めてるんで、恋人作る気、ないですよ」
「そっか。藤埜って男のさっちゃんが初恋だっけ? バイになったのも、さっちゃんのせいだもんね」
「なんで、それを重田さんが知ってんすか」
気まずさで顔を背ける。
初めて好きになった男 が紗月だったとは、あの当時は知らなかった。好きになった男も女も紗月なのだから、どうしようもない。
優士が背けた顔を追いかけて、清人の耳を食んだ。
「タチなのにネコになってまで俺に抱かれてくれたから、てっきり俺に鞍替えしてくれたのかと思ったのにな。本当は俺のこと、好きになったんじゃない?」
優士が清人の耳を舐め挙げる。
言葉が弱い快感と共に耳の奥に流れ込んでくる。
「惟神って、呪詛や毒や薬が効かないって知ってました? 重田さんの言霊術も、今の俺には効果ないですよ」
優士が、ぴたりと動きを止めた。
「そうじゃなくても、アンタに会う時、俺は常に言霊術を警戒してましたよ。前からずっとね」
声と共に、空間術を施す。
目の前のベッドに横になっていた直桜も、その手を繋いで気を失う護の姿も消える。
真っ白な狭い空間が清人と優士を閉じ込めた。
「あらら、二人きりになっちゃったね。好き放題していいってことかな?」
優士が清人に唇を重ねる。
冷たいキスを抵抗せずに受け止めた。
「全然、抵抗しないね。でも、ココも勃たないね。藤埜って遊んでそうで、実は真面目だからなぁ」
股間を優しく掴み上げられる。
気持ちいいとは思うが、全く反応しない。
「俺に術をかけてまで連れて行きたかったのは集魂会ですか? それとも反魂儀呪? 今の俺って二つの巨大反社が欲しがるほど価値があんの?」
呆れて、思わず笑いが漏れた。
惟神になった途端にターゲットにされる自分が、何だか可笑しくなった。
「それより俺が、眠っているあの二人に何もしなかったと思う? その辺りは気にならないのかな?」
清人の前に立ち、両肩を掴んで優士が顔を覗き込んだ。
「連れ去る気なら、とっくにしてたでしょ。重田さんの狙いは最初から俺。俺が来るのを待ってたんでしょ?」
「俺がもし、二人に言霊を流し込んでいたら?」
優士が清人の膝の上に座る。
近くなった顔に、息を吐いた。
「意味ねーの、分かってんでしょ。もういい加減、お互いに種明かししましょうよ。アンタの正体に陽人さんも俺も気付いてない訳じゃないんだ。陽人さんが地下《13課》にアンタを招き入れた時点で全部……」
優士の唇が清人の唇を塞いで言葉を遮った。
清人の声を飲み込んで、優士の言霊が体の中に流れ込む。
(……は? なんだよ、これ……)
流れ込んでくる言葉が脳に届いて映像を繋ぐ。
まるで優士の記憶が脳に直接注がれているような感覚だ。
唇を離して、優士が清人を見詰めた。
「言霊術は何も、精神や行動を縛り操作するだけじゃない。英里は、そういう使い方をしていなかっただろ」
優士が使う言霊術は、死んだ英里から移植した霊元に残っていた術だ。優士自身の霊元は十年前に陽人が壊した時に、跡形もなく消えている。
「精神や行動を縛る術は禁忌。英里の13課所属は半分、監視みたいなものだった。今の俺も、同じだよ」
優士が清人の顔を優しく撫であげる。
「俺が男を……、清人を好きになったのは、英里の霊元を移植した後だ。そういうのも、関係あるのかもな」
清人は優士の目をじっと見詰めた。
「なんで、そんな……。いや、そうじゃなくて、何で今、俺にこんなもん、見せんだよ」
「聞いてみたかったからだよ。誰が正しくて、何が正義か。誰の何を守るのが、正しいのか。この地下空間なら俺が何をしても外部に悟られることもない」
優士の顔が清人に寄った。
「更に藤埜の空間術の中なら、二人きりだ。今、起きていることも、誰にもバレない。あの二人を守るつもりで隔離したんだろ。お前はそういう奴だよ」
優士の指が清人の唇を弱くなぞる。
「藤埜がくる前に、瀬田君にも言霊術を流しておいた。神紋で繋がっている化野にも伝わるだろう。ああ、勿論、唇じゃなく、耳からだけどね」
「直桜にも? アンタ一体、何がしたいんだよ」
優士が首を傾げる。
その姿がやけに女性らしい仕草に見えて、何故か英里と重なった。
「だから、教えてほしいんだよ。何が正義で何が正しいのか。俺は、誰を救うべきなのか。もう自分じゃ、わからなくなったんだ」
優士の指が首筋から鎖骨をなぞる。
肌が、ぞわりと粟立った。
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