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第61話 稜巳の記憶:優しさという狂気④
召喚術は行基自身が行った。
法力で呼び寄せた最強の生き物は、予想通り紗月だった。
「呼び出して突然で悪いんだが、俺を入滅させてくれねぇか」
紗月が眉間に皺を寄せた。
周囲を見回していたが、英里と稜巳に目を止めることはなかった。
「意味が分からないが、アンタはそもそも御霊を呼び出された死人だよな。違法な反魂術が行使されたってことだ」
「アンタ、13課の人間か? だとしたら俺も運がいいんだか悪いんだかだな」
「たとえそうでも、しょっ引いたりしないよ。この場で入滅させてあげる」
紗月の手に日本刀が浮かび上がった。
「アンタ、集魂会の行基だろ? ソコソコ悪名高い反社だ。13課じゃ、dead or alive。事後報告で問題ない存在だ」
刀を握って、紗月が行基に近付いた。
「悪名高い反社か。反魂儀呪よか、悪いことは、してねぇと思うけどなぁ」
「そうだね。中途半端さが小者感あって、ちょっと残念だよ。でも、私にとっては功績になるかな」
ぼやく行基の前に紗月が立った。
稜巳は英里に抱き上げられて、後ろに下がる。
「稜巳は見なくていいわよ。私に掴まって、目を閉じていなさい」
稜巳は言われた通りに、目を瞑った。
「行基には、嫌なことされたの?」
英里の問いかけに、稜巳は咄嗟に返事ができなかった。
「ここにいる時は、優しかった。でも、反魂香を使うと苦しかったし、研究所に行かされたら痛いことされるし、そういうのは、辛かった」
英里が稜巳の頭を撫でた。
「そうなのね。じゃぁ、行基のことは嫌いじゃないのね」
「うん。ここにいるみんな、嫌いじゃない。美味しいお菓子をくれたし、一緒に寝てくれた」
「連れてきて、ごめんね。でも、稜巳が必要だったの。許してね」
稜巳は頷いた。
自分が何故、ここに連れてこられたのか、何となくわかっていた。
人が住むより遥か昔に、まだ沼地だった関東一帯を治めていた角ある蛇は、人に追いやられ土地を埋められ、住む場所を失くした。
一族は数が減り散り散りとなった。
長であった父は、娘の体に反魂香を埋め込んで一族を蘇らせ人に報復しようとした。
その行為が土地神と、土地に強く根付いた八幡神や武御雷神の怒りに触れた。
角ある蛇の一族は滅んだが、稜巳だけは神に保護され、神の使いとして生きる道を得た。お陰で命拾いしたが、誤って神許から落ち、その後、集魂会に召喚された。
英里と紗月には、自分の生い立ちを伝えていたから、ここに連れてきたのだろう。
稜巳を救うために、稜巳が生きる場所を守るために、二人は頑張ってくれている。だから少しでも役に立てるなら、出来ることがあるならしたかった。
「アンタはやり過ぎた。いや、やり方を間違ったんだよ、行基。平安の昔みたいに巧く立ち回れたら、良かったのにね」
紗月が行基に向かい、刀を振り上げた。
「無理言うなよ。あの頃は車もコンビニもスマホもなかったんだ。灌漑や溜池一個作るだけで大喜びの時代だぜ。同じようには、いかんさ」
「出来たはずだよ。灌漑も溜池も、人の命を繋いで守るために作ったモンだろ。文明がどれだけ進もうが、同じなんだよ。何より守るべきは命だった」
紗月の目から涙が流れていた。
目の前にいる行基が驚いた顔をしている。
稜巳も、ドキリとした。
「死んだ親父の命分は、お前の魂を貰い受ける。もう戻ってくんなよ。大人しく入滅しとけ」
「親父? まさかお前、吾郎の娘か?」
「霧咲紗月、警察庁公安部特殊係13課の、アルバイトだよ」
ふっと笑みを零した行基の首に、紗月が刀を振り下ろした。
「そうか、だからアンタの魂は……」
行基の言葉が終わる前に、首が胴から離れ、地面に転がった。
体中から黒い煙が立ち上り、溶けるように空気に消えていった。
「行基の入滅を持って集魂会は解散とする。それでいいな」
紗月の目が黒介に向く。
黒介が無言で頷いた。
行基が消えて、理化学研究所は霊元の移植実験を継続できなくなった。実質の研究長だった紗月の父、霧咲吾郎が死んだこともあり、研究室は廃止になったらしい。
その後も稜巳は、英里のカフェで暮らしていた。
英里と紗月と一緒に集魂会に乗り込んだ話は、秘密だと口止めされた。特に優士には話してはダメだと、きつく注意された。
何故かと聞いたら、
「優士を悲しませるから」
そう話した英里の顔の方が余程、悲しそうだった。
一番、驚いたのは、紗月の噂だった。
集魂会が「関東周辺で一番強い生き物」を召喚したら霧咲紗月が現れて、たった一人で行基を入滅させ、集魂会を解散させてしまった。
そんな話がまことしやかに語られているらしい。
いつの間にか紗月には「人類最強」の称号が勝手につけられていた。
「今更、予定調和だったなんて、言えない。誰に言えばいいかもわからない」
そんな風に紗月はぼやいていたけど、実際に強いんだから良いと思った。
けれど、今回の「人類最強」の噂が、次の事件に繋がってしまうなんて、思ってもみなかった。
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