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第65話 集魂会再び
※清人が槐に拉致られて、紗月が陽人を霊銃で打って逃走した日の夜です。
集魂会の根城で、直桜たちは行基と向き合っていた。
古びたソファの上で胡坐を掻く行基を忍が見下ろしていた。
「大先輩自ら来られたんじゃぁ、俺も手の内を明かさねぇわけにゃぁ、いかねぇさ」
行基が砕けて笑う。
忍が表情を変えないまま、根付の付いた木札を摘まんで見せた。
「木札に封じてあった記憶は稜巳のものか? 封を解いたのは、お前か」
淡々とした語り口はいつもの忍だが、声は明らかに冷ややかだった。
「封じたのも解いたのも俺だ。今のあんた方には、ソレが必要だろう。紗月って姐さんも同じモンを持ってる。今頃、あんた方と同じ稜巳の記憶を見ているだろうぜ」
木札を介して集魂会に着いた途端、直桜たちは稜巳の記憶に呑まれた。
「紗月はいつから集魂会に出入りしていたの?」
直桜の問いかけに、行基が眉を下げた。
「俺が入滅した後から、ちょくちょく顔を出してくれていたみてぇだ。三年前に優に召喚されて俺が戻ってきてからは、来ていねぇがな」
「紗月を責めないでほしい。彼女は俺たちの生活を助けてくれていただけだ。決して、お前たちを裏切った訳じゃない」
黒介が慌ててフォローを入れた。
その態度は最初に会った時とは、かなり印象が違っていた。
「13課が掴んでいる情報と、直桜と化野の話を合わせれば、お前たちは今、妖怪と理研の被験者の保護を行う集団で間違いはなさそうだが。非合法な活動をしているのなら今のうちに自白しろ」
忍の詰問に、行基はお手上げとばかりに両手を上げた。
「本当に何もねぇ。あー、優が爆破まがいの事件を起こしてたのは、反魂儀呪の誘導だ。その関係でウチの妖怪がオタクの惟神に世話になる羽目になったりもしたんだが、誓って悪さはしていねぇよ」
直桜は、律の話を思い出した。
呪いの雨の解呪の時、律は集魂会が不穏な動きをしてると話していた。
「行基は三年も前に再召喚されていたんだよね。今頃になって集魂会再結集が騒がれたのって、きっかけは爆破事件だ。反魂儀呪にのせられた?」
直桜の質問に、行基は力なく笑った。
「情けねぇが、その通りだ。優と稜巳を人質に持っていかれたようなもんだからな。迂闊に逆らえねぇ。最強の惟神と鬼神を召喚したのも、反魂儀呪の命令だよ」
「だとしたら、あのタイミングの良さも頷けますね」
護の言葉に、直桜も頷いた。
楓から呼び出された直後に、集魂会の召喚で直桜たちは初めて行基に会った。
警察庁の地下にいたのでは、行基は直桜たちを召喚できない。あの時の楓の呼び出しは、直桜たちを地上におびき出す手段だったのだろう。
「だが、会いたかったのは俺の本音だ。あの時、話した内容に嘘はねぇ」
直桜は初見の行基との会話を思い返した。同時にさっき触れた稜巳の記憶と照らし合わせる。
「確かに、嘘はなかったかもね。話していないことや誤魔化していることは、沢山あったけど」
「こっちもギリギリだったんだ。大目に見てくれ。助けてほしかったのは、心底本音だよ」
行基が弱り切った顔をしている。
反魂儀呪は集魂会を隠れ蓑にするために利用しようとしたのだろう。その為に敢えて直桜と護を接触させたのだろうが。
「今回は、槐の負けかな」
直桜は、ぽつりと呟いた。
(そうだ。初めて会った時の行基たちの話に、足りない部分は多くあっても、嘘はなかった。間違ったのは、俺だ)
行基を召喚し爆破事件を起こしている犯人が重田優士であると言い当てたのは直桜だ。しかし、その目的は紗月を贄にして久我山あやめを召喚することではなかった。
(紗月を餌にして清人を釣ることだったんだ)
爆破事件を起こして13課に紗月を保護させ、直桜と接触させる。遅かれ早かれ、紗月に仕込んだ惟神の毒が発動する。
解毒が長引けば、直桜の周りに職員が集まり清人の周囲は手薄になる。優士が清人に自然な形で接触する機会は増える。
あのタイミングで優士が地下に入れたのは陽人の采配という偶然でしかない。
どうやって地下に入り込むつもりだったかわからないが、それも手段を講じていたはずだ。
(枉津日神の惟神である清人には、あの毒は効果がない。清人が動きやすい、いや、自発的に動こうとする状況を作ろうとしたんだろうな)
集魂会を利用する算段も、清人の行動の誘発も、如何にも槐が考えそうな方法だと思う。
(だけど、今回は、どっちも失敗だ)
直桜は忍が持っている根付を受け取り、行基にもう一度掲げた。
「俺たちは行基との約束を守ったよ。けど、紗月の中の伊豆能売は目を覚ました。行基に聞くことがなくなっちゃったんだ。だからさ、変わりに質問に答えてよ」
行基が目を丸くして息を飲んだ。
しかし、直桜を眺めて、納得したように息を吐いた。
「そうかい。さすが、最強の惟神だ。いいぜ。聞きたい話は全部聞け。全部、正直に答える。だから、優士と稜巳を助けてやってくれ。この通りだ」
姿勢を正し居直った行基が、深々と頭を下げた。
その姿を忍は瞬きせずに眺めていた。
「重田は13課の職員だ。助けるのは当然だ。お前も父親代わりとして出張ってもらうぞ。大僧正の法力は伊達ではないだろう」
顔を上げた行基がぽかんと忍を見上げる。
「そうだな。ここで座り込んでいても埒が明かねぇ。一緒に連れていってくれ」
そういった行基の顔は嬉しそうだった。
「なら、俺も行く。空を飛べるし、役に立つと思う」
黒介が前に出た。
直桜は素直に頷いた。
「そうだね。八咫烏は導きの鳥だし、手伝ってもらえたら助かるよ」
黒介が顔を赤くして直桜を見詰めていた。
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