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第72話 キナ臭い機密
護に案内されて入った部屋の中で、行基と忍がぐったりしていた。
直桜を見付けて、じっとりした目を向ける。
「流石に死ぬかと思ったぞ」
忍が直桜に開口一番で苦言を呈した。
死ねなくて千年以上も生きている忍に言われると、かえって何も言えない。
「俺も悪かったけどなぁ、あのまま入滅しそうになったぜ」
行基の軽い嫌味も、今の直桜には痛い。
「悪かったと思ってるよ、ごめん。気はちゃんと戻したから、大丈夫だろ」
気が戻れば、本来なら倦怠感も残らないはずなのだが。
二人は、とてもぐったりしていた。
「霊力が高い者ほど、気枯れの影響を受けやすいし、無意識に抗って疲弊する。気が戻っても霊気を消費した影響は残る」
「むしろ、霊力なんかねぇ人間の方が何ともねぇんだよ。気枯れできる惟神なんか、初めて会ったぜ。最早、神様じゃねぇか」
忍と行基、二人の高僧に揃って注意されて、ぐうの音も出ない。
「えーっと。武流は俺を封じの鎖で縛って足止めを仕掛けてきたけど。行基は武流の何を知りたかったの?」
気まずさから強引に話題を変えた。
「やっぱり、そうか」
呟いて、行基が押し黙った。
「反魂儀呪とのやり取りは、武流の担当なの?」
「いいや、俺だ。むしろ俺以外の奴に関わらせないようにしている。妙な術でも掛けられたら面倒だからな。お前らの足止めなんて話は、俺も知らなかった」
忍が直桜に目を向けた。
「封じの鎖を誰に渡されたか、聞いたか?」
直桜は溜めるとの会話を反芻した。
「楓かって聞いたけど、そういえば返事はもらってないや。衝撃を受けた直後で感情がバグってたから、ちゃんと覚えてないけど、多分」
忍が呆れるような引いたような表情をしている。
「……化野、絶対に浮気はするなよ。直桜が本気で気枯れをすれば関東圏一帯の人間程度、一瞬で皆殺しに出来る」
護が蒼褪めた顔をして何度も頷いた。
直桜の『気枯れ』の恐ろしさをようやく実感できたらしい。
忍の言葉だと重さが違うと、直桜も感じた。
「反魂儀呪には逆らえない。もう仲間は失いたくない、って話してたと思う」
ちらりと直桜を横目にみやり、行基がまたむんずと黙った。
「封じの鎖は枉津楓の呪具で間違いないだろう。封印術は高位術だ。扱える人間はそう何人もいない。自分の術を呪具に霊現化できる術師は更に稀だ」
行基に代わり忍が口を開いた。
「封じの鎖の霊現化なんて惟神にターゲットを絞った呪具、楓くらいしか作らないよね、きっと」
直桜の言葉に忍が頷く。
更に護が続ける。
「行基に黙って卜部さんが枉津楓と会っていた、と考えるのが妥当ですが」
三人の視線が行基に向く。
「武流のいう仲間てぇのは、集魂会だけじゃねぇんだ。アイツと蜜にとっちゃぁ、bugsの奴らも仲間なんだよ」
行基がようやく重い口を開いた。
「それって、反魂儀呪がbugsを狙ってるってこと?」
集魂会のように利用されそうになって、言いなりになっている可能性はある。
行基は考え込むように目を閉じた。
「狙ってるというより、bugsが反魂儀呪に付いたんだ。武流は恐らく、枉津楓本人じゃなく、bugsから封じの鎖を受け取った、んだと思う」
行基が歯切れの悪い言い方をする。
行基の言葉を受けて、今度は忍が難しい顔になった。
「bugsが反社と取引している噂はありましたが、反魂儀呪と協力体制を築いたということなんでしょうか?」
護の問いに、行基がゆっくりと頷いた。
「恐らくな。優は稜巳の関係で半ば脅されて反魂儀呪に籍を置いた。その辺りにもbugsが関わっている、と思う。それに武流も関与してるんだろうと、思う」
行基の眉間の皺がどんどん深くなる。
「反魂儀呪が集魂会を利用しようと目を付けたのはbugsに売られたから? 行基はさっきから何で全部、思う、なの? 確証がないから?」
それとも武流を疑いたくないのだろうか。
気持ちはわからないでもないが、他に理由がありそうな気がする。
「確証はねぇ。だが、理由はそれだけじゃねぇ。反魂儀呪に付いたのはbugsってぇより、伊吹保輔だろうと思う。アレはワンマンで周りを利用する質の悪さがある。それ以外のbugsのメンバーは人質みてぇなもんなんだろうよ」
直桜は武流の表情を思い出していた。
「武流のいう、仲間を失いたくないって、そういう意味か」
集魂会とbugsの仲間を保輔や反魂儀呪から守りたい、という意味なのかもしれない。
「その、伊吹保輔という人の目的は、何なのでしょうね。反魂儀呪と組むからには、相応のメリットがあったのでしょうけど」
「理研絡みだろうとは思うんだがなぁ。保輔は自分を生み出した理研を恨んでた。てっきり理研を潰すためにbugsを結成したんだと思っていたんだが」
行基が忍に目を向けた。
忍が仕方ないとばかりに口を開いた。
「理化学研究所現所長・安倍千晴の母親である安倍晴子は、久我山あやめの姉だ。遠縁にはなるが、理研と反魂儀呪は所縁がある。潰すために組む組織として選ぶとは考え難い」
直桜は息を飲んだ。隣にいる護もきっと同じ気持ちだと思う。
英里の両親は理研の運営に関わっていた。
「それって、英里さんは久我山家の血を引いてるってことだよね」
理研の元所長である安倍晴子は英里の母親だ。
槐や楓とは従姉弟だったということになる。
「あくまで機密情報だ。他には絶対に漏らすなよ。久我山家の娘は他家に嫁いだ後も実家との繋がりが深い。英里の姉である千晴は母親の実家に今でも足繁く通っているようだ」
直桜と護は絶句した。
キナ臭すぎて言葉が出てこない。
「英里の言霊術がなんであんなに強ぇのか、理由がわかっただろ」
行基の言葉には納得しかない。
どうして忍が直桜の疑問を誤魔化したのかも、理由が分かった。
「どちらにせよ、bugsからは目が離せなくなった。集魂会からもな。その上で、お前に桜谷陽人からの手土産を伝える」
忍が行基に目を向けた。
行基が及び腰になって身を引いた。
「集魂会は今後、13課の下部組織として働け。運営資金は全面的に援助してやる」
直桜と護は目を丸くした。
「いいの? 武流はbugsと関りがあるかもしれないのに」
ともすれば、bugsのメンバーかもしれない。悪くとらえるなら間者の可能性すらある。ある意味で、反魂儀呪の間者を配下に置くようなものだ。
直桜の問いには答えずに、忍は行基を見詰める。
行基が渇いた笑みを零した。
「役行者様は思い切りがいいねぇ。けど、アンタらは管理がしやすいだろうな。俺としても、助かる提案だ。よろしく頼むよ」
確かに、行基に断る理由はないだろう。むしろ、願ってもない提案だ。
「早速だが、俺たちはこれから清人と稜巳の奪還に動く。行基はここに残って武流と蜜白の監視をしろ」
忍の言葉は、どこか台詞じみて聞こえた。
「わかったよ、先輩。いや、上司様。最強の惟神と鬼神を召喚したのは、やっぱり正解だったな」
行基の顔に安堵が見えた。
直桜の中には得も言われぬ不安がじんわりと広がっていた。
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