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第80話 仲間がいるから

 忍の部屋からなかなか出てこない面々を心配しつつ尋ねてみると、行われていたのは説教ではなく酒盛りだった。 「お? 直桜たちも来たんだぁ。今日は一緒に飲もう!」  紗月がお気に入りのハイボールを掲げている。  直桜と護と清人の三人は、広がる光景を前に呆然と立ち尽くした。 「忍、どういうこと? 説教がしたかったんだよね?」  奥のソファに掛けて、忍も酒を手にしている。 「説教は済んだから、仲直りと再会の祝杯だよぉ」  稜巳を抱き締めて優士と乾杯している紗月に、普通に腹が立った。 「気持ちは、わからなくもねぇけどなぁ」  清人が自分に言い聞かせるように呟く。  稜巳とは十年ぶりの再会だろうし、封印術が解けた優士は無事に13課に戻る運びになった。  三人とも腹に溜め込んでいた秘密は全部、忍に暴露しただろうし、お互いにすっきりしたのだろう。  紗月の性格を考えれば、この状況も理解できなくはないのだが。事件が解決した事後感が半端ない。 「惟神の皆さんと神倉さん以外は、流離くんの現状を知らないでしょうしね」  静かな怒りを漂わせる直桜を宥めるように、護がそっと囁く。  確かに紗月や優士は知らないだろうが、忍と陽人が知らないはずはない。 「……全員、気枯れで命、吸っちゃおうかな」 「直桜⁉ 早まってはいけません。あれはそう簡単に使っていい術ではありません」  直桜の呟きに、護が本気で顔を蒼くした。 「直桜が割と本気で怒ってるから、全員、酒を置け。話し合い始めるぞー」  清人がパンパンと手を叩き、その場を沈めた。  その顔にも多少の焦燥が浮かんでいた。 「榊黒親子の解毒と呪物の封印か」  一先ず酒を置いて直桜の話を聞いた忍が、呟いた。 「護と清人の神力で解毒は可能だと思う。問題は、根の国底の国に堕とした久我山あやめをどう扱うか、なんだよね」  直桜の話を聞き終えた紗月が打って変わって真面目な顔をした。 「まさか、四ノ神がそんなことになってるなんて、知らなかったよ。修吾さんはまだ、目を覚まさないんだね」  神妙な面持ちで、ハイボールを一口、含んだ。  紗月にとって酒は水みたいなものらしい。 「とはいえ、迂闊に手を付けるわけにもいかない。一度、始めてしまったら、後戻りできない状況にも、なりかねないからね」  陽人の言葉に、優士が続けた。 「根の国底の国に封じ込めた久我山あやめが現世に出てくる可能性があるってことか。確実に封じる器を準備して迎え撃たないと危険だね」  直桜はぐっと手を握り締めた。 「それについて、提案があるんだ。是非の判断を忍に、皆に聞きたい」  いつになく真面目な声で話したせいか、全員が直桜を見詰めて静かになった。 「久我山あやめを現世に戻して、俺の気枯れで命を吸いつくすのは」 「「却下だ」」  直桜の言葉を最後まで聞く前に、忍と陽人が同じ言葉で同時に遮った。 「やっぱり、ダメ? でも、一番確実な方法だと思うんだよ」 「本当に確実だと思うのか? 術の発動も終止も自分の意志でできない状況で、行使できると思うか?」  忍の指摘は尤もだ。  だが、ここで引き下がる訳にはいかない。  直桜は前のめりになった。 「護がいてくれれば、止まれる。俺が正気にさえ戻れば、何とかなる」  忍の目が護に向いた。   「仮に術を発動できたとして、化野は、止められる自信があるか。久我山あやめだけを気枯れして、他に影響を出さずに直桜を止められるか?」  忍の問いかけに、護がぐっと息を飲んだ。 「あの時、私が直桜を止められたのは、偶然に過ぎません。他に影響を出さずに止められる自信は、正直、ありません」  正直な護の素直な意見だ。否定はできないし、直桜も同じ意見ではある。 「それにね、気枯れとは、生き物の命を吸い殺す行為だ。いくら最凶の呪物と言えど、お前は久我山あやめという《《人間》》の命を奪って、背負いきれるのかい?」  陽人の厳しい意見が胸に刺さった。 (生き物、そうだ。久我山あやめがどれだけ呪物扱いされていようと、人間なんだ)  惟神とはいえ、直桜も人間だ。人の命を奪う行為を前提にしていいわけはない。  人として忘れてはいけない大切な感覚を失っていたと気が付いた。  あまりにも真っ当な陽人の言葉に、何も言い返せない。  黙り込んでしまった直桜に優しく声を掛けたのは優士だった。 「俺には瀬田君が、焦っているように見える。瀬田君が呪物の封印と四ノ神の救出を焦る理由が何か、あるのかな。まずはそこから話してみないか?」  優士の言葉が、心に沁みる。  直桜は唇を噛んだ。 「流離が自分を閉じて神力を修吾おじさんに送ってる。惟神を殺す毒で、弱ってるんだ。完全に神降ろししきれていない流離があの状態を続けたら、存在から掻き消えるかもしれない」  全員が息を飲んだ気配がした。 「俺を久我山あやめに接触させないために、二人は命を懸けて抑えてくれているんだ。十年間も、ずっと。いつまでも、こんな状態でいいわけない。二人を、助けたいんだ。流離を、消したくない」  護が直桜の手を握った。  顔を上げると、護が優しく笑んでいた。 「お前のせいじゃねぇし、責任を感じる必要もねぇよ」  清人が直桜の頭をわしゃわしゃと撫でる。  心なしか場の雰囲気が和らいだ気がした。 「初めからそう相談してくれたら、わかり易かったのに」  ハイボールをチビチビしながら、紗月が直桜の額を小突いた。 「え? どういうこと?」 「要は榊黒親子を救いたいのだろう。久我山あやめの封印をセットで考えるから、ややこしくなる」  忍の言葉に、陽人が続く。 「それについて、長く放置していいとは考えていないし、僕も忍も打開策がないわけじゃない。流離と修吾さんを救うことは可能だ。勿論、お前たちの助力は必須だがね」 「本当に?」  直桜の問いかけに、陽人と忍が揃って頷いた。 「お前はこの僕が何も考えていないとでも思っていたのかい? 見縊られたものだね」  ふん、と顎を上げて陽人が飲んでいるもの、ハイボールだ。  何となく皆が、水のように酒を飲んでいる。 「この宴会状態を見たら、瀬田君だって不安に思うだろ、仕方ないさ」  苦笑いする優士もまた、片手にハイボールを持っていた。 「流離の逼迫した状況を看過できないのは承知している。近いうちに解毒を始める算段ではあった。その為にはまず、準備からだ」  持っていたハイボールを置いて、忍が護と清人に向き合った。 「お前たちの解毒術を霊現化して神具を作る。神具を榊黒親子に埋め込めば、継続的な解毒が可能になる。二人が本来の神力を取り戻せば久我山あやめは根の国底の国から出られない。流離の完全な神降ろしも、状態によっては可能だろう」  忍の説明に、直桜の眼前が開けた気がした。  そんな方法は考え及びもしなかった。 「術の霊現化って、難易度高ぇなぁ」 「私も、やったことがないですね」  苦い顔をする清人と護を、陽人が鼻で笑った。 「問題ないさ。化野の方は直桜と直日神ができるし、清人は枉津日神がサポートしてくれる。そう、難しくもない」  護の視線を受けて、直桜は頷いた。 「あ、うん。出来ると思う。清人の方も、直日がサポートすれば、問題ないよ」 「久我山あやめの封印に関しては十全の備えをして行う。一度手を付ければ引き返せない惨事になりかねんからな」  忍の強い言葉に、直桜は深く頷いた。  優士が直桜を眺めて、微笑んだ。 「正直な気持ちを相談してみて良かったね。一人で悩まずに皆で考えれば、良い答えもきっと出るよ。なんて、俺も過去の教訓だけどね」  優士が眉を下げて笑む。直桜に気を遣ってくれているのだと思った。  まるで直桜の心をを読みあてたような言葉に、気恥ずかしくも安堵した。  そんな直桜に、陽人が強い視線を向けた。 「直桜、今後は気枯れを自分の術として計算に入れてはいけないよ。アレは本来あるべき術じゃない、人を殺す反転術だ。直日神の本来は穢れを祓い気を満たす神力だ。肝に銘じるようにね」  陽人の言葉は、直桜の中に強く焼き付いた。 「わかった。ごめんなさい」  改めて、自分の考えは浅はかだったと思い知った。  同時に、それを諫めて、間違った考えを修正してくれる仲間がいるのだと知れた。 (俺はもう、一人じゃないんだな)  集落に隔離されていた頃とも、ぼんやりと答えのない普通を求めていた頃とも違う。護をきっかけに飛び込んだ13課は直桜に、沢山の気づきと仲間をくれた。  本音を晒しても受け止めてくれる、直桜という人間を見てくれる人たちに出会えた。 「いい方法が見つかって、良かったですね、直桜」  護が直桜の手を握り、微笑む。  護の顔もまた安堵して見えた。  握ってくれる護の冷たい手を眺める。  出会った時の護の手は呪詛になりかけた魂魄の影響で、熱かった。 (あの熱を帯びた手が、始まりだった。今は、ちゃんと冷たい。この手が俺に、居場所を教えてくれた)  すべては護との出会いから始まった奇縁だ。  清人が仕掛けたネットの求人広告をタップしたのはきっと、直日神の計らいも含まれている。 (直日は俺に、こういう気持ちを教えたかったんだな。今まで感じもしなかった、知ろうともしなかった感覚、逃げてきた気持ちだ)  気恥ずかしくて心地よくて、心がちょっとこそばゆい。  けれど、後悔はない。  ここは自分がこれから生きる場所なのだと、改めて思えた。 「うん。俺一人じゃ、思い浮かびもしなかった。皆がいて、護がいてくれて、良かった」  護の手を握り返す。  名前を呼び合って、顔を合わせて、微笑み合える。  そんな今が、何より幸せだった。

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