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第81話 忍び寄る影
窓のない真っ暗な部屋で、伊吹《いぶき》保輔《やすすけ》はパソコン画面に向かっていた。
昼でも夜でも暗い室内はパソコン画面以外に灯りはない。
部屋の中にはタイピングの音だけが響く。
「なかなか、ええのが見つからんなぁ」
思わず零れた言葉は、愚痴でも悲観でもない。只の感想だ。
メールに気が付いて、保輔は作業を中断した。
内容を確認すると、ニヤリと口端を上げた。
「何やよぅ知らんけど、予想よりおもろい感じになったやん」
早速、メールの内容を打ち直して、別の相手に送信した。
「人殺しの神様ね。リーダーはんが喜びそうなネタやんなぁ」
メールで中断した作業を再開する。
「どれどれぇっと。警察庁公安部特殊係13課。強者揃いって聞くしなぁ。最初から最強狙うほど阿保ちゃうし。簡単そうなん、一人くらいいてへんのかいな」
ぼやきながらハッキングした職員データを流し見る。
そもそもが個人の雑なプロフィールに簡易な表現で能力が掲載されているだけのデータだ。さほど参考になるとも、思えないが。
しばらく眺めた先の、怪異対策担当のページで、スクロールする指を止めた。
「あれれ、ここに、ええのがおるやん」
ざっと経歴をさらう。
若く経験は浅そうだが、肩書は悪くない。
添付されている写真を見るに、真面目な優等生と言ったところか。
思わず笑みが浮いた。
こういったテンプレは堕としやすい。
理想のカモを見付けたと思った。
「峪口智颯、か。可愛い顔してんの好みやし、ええなぁ。やる気出てきたわ」
硬い表情をした眼鏡の奥の、欲情剥き出しの顔を見てみたい。
「気持ち悦くしたったら、どないな顔するんかなぁ。情けなく喘ぐんやろなぁ」
綺麗な顔がどんなふうに歪むのか、安易に想像できて、笑えた。
久しぶりに保輔の心が躍った。
「ヤス、お客さん、来てるよ。さっさと対応してよ」
美鈴が扉を開けて、気怠い声で呼んだ。
黒かった部屋に淡い光が溢れる。
目が眩んで、思わず顔を顰めた。
「待たしときぃや。アイツ等、欲の塊やさけ、何時間でも待つで」
「いつまでもいられんのは気色悪いから、ヤることヤらせて、さっさと帰してっていってんの」
美鈴の不機嫌な声に、保輔は重い腰を上げた。
「ハイハイ、しゃーないなぁ。面倒でも仕事やもんねぇ。お金くれる人にはええ顔しとかんとなぁ」
気乗りしない仕事でも、それが明日の目的に繋がるのなら、仕方がない。
部屋を出て、狭い廊下を歩き出す。
さっき見た智颯の顔を反芻して、笑みが零れた。
「あん子はきっと、こないな汚い仕事は好かんのやろなぁ。穢れを知らずに育ったお坊ちゃんて感じや。あぁ、ぐちゃぐちゃに汚して、啼かせてみたいなぁ」
どろどろな悦楽を覚え込ませて、汚い欲に塗れさせてみたい。
抜け出せなくなるほどに。
自分から穢れを望むほどに、壊したい。
「さぁて。智颯君と、どないして遊ぼうかなぁ」
考えると笑いが止まらない。
躍る胸を抑えて、保輔は近い未来に想いを馳せた。
Next⇒『仄暗い灯が迷子の二人を包むまで・Ⅲ』
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