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第5話
「はい……我が主さま」
その唇から自然に零れた言葉に、アレクシスは驚愕していた。
「ルシアン、君……っ」
ルシアンは淡々と言葉を紡ぎ続ける。
「この聖なる剣にお誓い申し上げます。私はいついかなる時も、主さまを愛し、敬い、どこまでもお供することをここに誓います」
それはルスキニア王家に古くから伝わる主従の誓いだった。こうした儀式があることは、王族に最も近いエクエスの一族であるアレクシスは知ってはいたが、見るのは初めてだ。
「誓いを守れなくなった時には、この剣に……私の命を捧げます」
そして、両手を胸の前できゅっと強く握り合わせた。
「いつも……主さまのお傍に」
ラウルが剣をすっと上げた。そして、切れない程度に軽く刃の部分でルシアンの肩を叩く。
「おまえを我が僕として認める」
剣を鞘に収めて、ラウルはルシアンに手を差し出した。
「おまえを私の側仕えとする。うるさい者もいるだろうから、おまえはアレクの遠縁ということにしておこう。いいな、アレク」
「い、いいも何も……」
アレクシスは呆れたように肩をすくめる。
「誓いの儀式までやっちまったんだから、どうにもならんだろう。王族じゃない俺だって、剣を使った誓いの儀式が絶対のものだって知ってる。しかし……」
サファイアの瞳で、アレクシスは親友を見た。
「たったさっき会ったばかりの彼を、なぜ側仕えにする。なぜ、そこまで信頼できる。おまえは……今、命を狙われているかもしれない立場なんだぞ」
「アレク」
ラウルはくるりと振り返ると、淡々とした口調で言った。
「私が信じるのは、私自身の目だけだ。私はひと目見た時から、ルシアンは信頼に値する者だと思った。だから、ここに連れてきた」
「アレクシスさま」
ルシアンはアレクシスの前に跪いた。
「すぐには……信じていただけないと思いますが、僕は……初めてお目にかかった時から、国王陛下にお仕えしたい……お傍に置いていただきたいと思いました。僕は……絶対に陛下に刃向かうことはありません。アレクシスさまがご心配なさるようなことは絶対にありません」
アレクシスは手を伸ばして、人差し指の先でくっとルシアンの顎を持ち上げた。
「……ラウルは国王である前に、俺の大切な親友だ」
いつも飄々としているアレクシスのいつになく真剣な声音だった。
「もしも、こいつの身に何かが起こったら……俺は君を許さない」
「……はい」
ルシアンはアレクシスの瞳を真っ直ぐに見つめてから、そっと目を伏せた。長い睫毛が小さく震えている。
「国王陛下をこの身に代えても大切にお守りいたします」
「ルシアン」
ラウルはルシアンを立ち上がらせた。
「来い、召使い頭に紹介する」
「はい、陛下……」
「ラウルだ」
え? という顔をするルシアンに、ラウルはぴしりと言った。
「私の名はラウルだ。国王という称号は後からついてきたものだ。おまえは国王に仕えるのではなく、私個人に仕える側仕えだ。私のことは名で呼べ」
「……はい」
ルシアンは、初めてにこりと可愛らしく微笑んだ。
なぜか、とても……とても嬉しそうに。
「ラウルさま」
ACT 3
「ルシアン、陛下がお呼びよ。早く行きなさいっ!」
「はいっ!」
召使い頭であるマリアに呼ばれて、ルシアンは素早い身のこなしで廊下に飛び出した。もちろん、廊下を走るわけにはいかないので、早足でラウルの執務室に向かう。
「ラウルさま」
コンコンッとドアをノックし、声をかけるとラウルの低い声が返ってきた。
「お入り」
「失礼いたします」
白いブラウスに細かく刺繍された幾何学模様。黒のシンプルなズボン。ルスキニアの民族衣装を模したお仕着せは、ルシアンの可愛らしい容姿によく似合っていた。
「お呼びでしょうか、ラウルさま」
「ああ、少し喉が渇いた。冷たい水を」
「はい、すぐにお持ちいたします。あの、何か軽食も一緒にお持ちいたしましょうか。今朝から何も召し上がっていらっしゃらないようなので」
「そうだな……」
国王であるラウルは多忙である。たくさんの書類に目を通したり、さまざまな客人を迎えたりと、食事をゆっくりと摂る暇もないくらいだ。
「果物か何か……軽いものでいい」
「かしこまりました」
ルシアンがラウルに仕え始めて、三ヶ月ほどが過ぎていた。最初はなかなか上手くいかなかった雑用だが、少女のような容姿と素直な性格が、教育係であるマリアや他の使用人たちに可愛がられて、やがて仕事にも慣れた。
「すぐにお持ちします」
優雅に一礼して、ルシアンは執務室を出た。足早に厨房に入り、汲み置いてあった井戸水を水差しに注ぐと、料理番に頼んで、果物と小さなパンをいくつか用意してもらった。
「ルシアンが来てくれてから、陛下の食生活が健全になったな」
料理番に言われて、ルシアンはきょとんとしてしまう。
「そう……なんですか? でも、朝ごはんは食べてくださらないし……」
ラウルは驚くほどきちんと食事をしない人だった。朝食は基本的に摂らないし、昼食は執務しながらの軽食。夕食はようやくテーブルについてくれるが、がっつりとは食べずに、あっさりとした野菜中心の食事だ。
「ルシアンが来るまでは、ほぼ一日一食だったんだよ。おまえが来てからは、昼食も食べてくださるようになった」
「それなら、いいんですけど」
ルシアンは料理番からパンと果物を入れた籠を受け取ると、水差しと共にラウルの執務室に運んだ。
「ラウルさま」
テーブルに水差しとグラスを揃え、籠を置く。
「お水ではなく、ミルクをお持ちしましょうか?」
そっと尋ねると、ラウルは軽く首を横に振った。
「腹に溜まるものを入れると眠くなってしまう」
「眠くなってはいけないのですか?」
籠からパンを取り出して皿に並べ、ラウルが選んだ果物の皮を丁寧に剥きながら、ルシアンは言った。
「午睡をなさればいいのでは?」
「寝ている暇はない」
ラウルは端的に言った。
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