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第7話
「よー、時臣。悪いなこんな時間に」
場所は銀座のクラブのVIPルーム。
「なんなんよ、こんなとこにさ。お前と会うってからこんなカッコできちまったよ」
時臣は、相変わらず総プリント柄のシャツを着て、はだけた胸には太めの金鎖。
「お前が俺らの格好誤解してんだろ」
飛田はタバコを咥えて、時臣の隣に座った。
歳は30後半ほど。新宿辺りをシマにしている「等々力組」の舎弟頭だ。
肩までの長い髪を後にまとめて、括っている。
オーナーママが水割りを作って飛田の前に置くと、飛田はーちょっと外してくれーとママに告げて、ママはー用の時は呼んでくださいねーと部屋をでていく。
それを見送って、飛田は豪奢なソファに寄りかかり深いため息と共にタバコの煙も吐き出した。
「なんかあったんか?疲れてんな」
ホステスさんがいたらきちんと拭いてくれるグラスも、結露し放題で手が濡れるが、それを軽く拭って時臣は飛田のグラスに軽く当てて口にする。
「春樹 がなぁ…もうさ…」
天井を見てーもうめんどくせえーと呟いた飛田は中間管理職の悲哀そのものだ。
「ああ、俺もその話詰めたいと思ってたんだ。春樹の兄貴…「東雲 」は、春樹がかすめた金は払うって言ってる。そこで手打ちにできねえか」
それを聞いて起き上がった飛田は、やはりグラスを当てて来て一口飲むと
「事情が変わった」
と一言言った。
「事情?なに」
時臣は、その「事情が変わる」と言うことが、飛田の世界だととんでもない方へ向かうと経験上わかっている。わかっているから少し嫌な気持ちになってくる。
「俺も、当初ならその手打ち案は受けると思う。けどな、新しい事実が出てきてな…春樹…あれはもうダメだぞ。やばいわ」
ヤクザがやばいと言うこと自体がもうめっちゃやばい。
「何かやらかしたか、あいつ」
「俺らからクスリ安く買っといて、適正価格で売りつけて儲けた金さ…『穂坂』に流れてたんだ」
咥えていたタバコを灰皿に押し付け、外した手でまた一本咥えて火をつける。もうやってらんねえという態度だ。
「『穂坂』って…お前らと敵対してる所じゃねえか」
「お互いの大元の本家同士が敵対してっからさ、関わらないようにしてたけどな、春樹 、そこの若頭とデキてやがって。そいつに金渡してたんだ」
時臣も流石に動きを止め、飛田の顔を見てしまう。
「流石にもう無理だ。俺だって東雲兄弟は昔から顔馴染みだったから、こっちの組でもなんとか…と思ってたんだけどな…無理だわ。こっちの頭が怒り心頭になっちまって首持ってこいだとよ」
ため息一つ、飛田は再び寄りかかった。
「こっちの組から掠めたもので商売して、それを敵対してる組に渡すなんて、俺らにしたら顔に泥塗られたようなもんだ」
商売柄関わらないわけにはいかなくなった業界だが、時臣は度々遭遇する飛田 の世界の恐ろしさを見るにつけ、やるせ無い気持ちになる。
「だから時臣。今までは春樹を東雲に返すこと許してたけど、今度捕まえたら絶対俺んとこ持って来てくれな…」
ヤクザの目でそう言われて、時臣は頭を抱えそうになった。
バレている。
守秘義務でお互いの依頼を受けているとは言ってはいないが、時臣が春樹を見つけては東雲に返していることに、飛田は今まで目を瞑っていたと言うことだ。
今までも、自分が飛田の所へ春樹を連れていけば、春樹は相当な「お仕置き」を受け、全治半年ほどの怪我くらい負わされる事は判っていた。
しかし今回は、春樹を渡したら確実に東京湾か溶鉱炉だ。
そうなったら時臣は、それを導いたとして東雲から一生追い回されることにもなりかねない。
「一つ聞きたいんだけどな」
「おう」
「俺は一般人なんで尻込みもする。春樹をお前の所に渡す話は、お前の所から東雲に話を通してくれるんだろうな…」
飛田は口の端を吊り上げて笑い、
「東雲組も俺らの傘下だからな。こうなった以上は話に行かなきゃならねえわ。俺らも春樹は探してる。お前に火の粉は飛ばねえようにはするから」
「頼むぜ」
時臣は少し悠馬のことも引っかかっていた。
春樹は悠馬の顔を覚えてしまったし、追い詰められてることに気づいたら、悠馬に何かしてはこないかという心配まで出て来てしまったのだ。
「おめえの甥っ子にも手出しはさせねえよ」
さっきとは違った笑みでそういう飛田にも
「お前らもかよ…」
ため息しか出ない。悠馬 の情報まで持ってやがる。
まあ…そこは仕方ねえかと思うしかない。
ヤクザの情報網は思っているよりも緻密だ。逆に守ってもらった方が安心というもんだ。
まあ要するにだ…時臣が春樹を捕まえる事態にならなければいい話だ。
そうすれば罪悪感も何もなく事が収まる。
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