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第5話
アルスカはスープの匂いで目を覚ました。この感覚はいつぶりだろうか。彼は簡単に身支度をすると、1階へ下りた。
そこでの光景に、アルスカは心底驚いた。
「料理ができるとは、意外だ」
炊事場ではフェクスが軽快に野菜を切っていた。
「凝ったものは作れないぞ」
「手伝おう」
アルスカは腕まくりをした。
その日、食卓に並んだのは、パンとチーズ、野菜スープとベーコンエッグだった。不精な男2人の朝食には似つかわしくないほど豪勢だ。
「昨日はよく寝れたか?」
尋ねられて、アルスカは頷いた。
「ありがとう。悪いね、家に泊めてもらって」
「いい。どうせ部屋は余ってる。好きなだけいればいいさ」
アルスカは家から持ち出した金で家を借りるつもりだったのだが、フェクスによると、この街は異邦人に対して家を貸さないようになったのだという。そこで、フェクスの家の2階の空き部屋を借りることになったのだ。
アルスカは頭を下げた。
「ここまでしてくれるだなんて、なんと礼を言えばいいか……」
フェクスからは、予想外の言葉が返ってきた。
「礼はいい。……昔、お前が好きだった。……学生ってのは男所帯だから、一時の気の迷いだったかもしれんがな」
それを聞いて、アルスカは苦笑した。その言葉はアルスカにとって痛烈だ。アルスカはその一時の気の迷いで14年もガラ国で生活したのだ。そしてこの上ないほど苦しめられた。
「……気の迷いで済んでよかったな」
彼はこう返すので精一杯であった。
朝食のあと、フェクスはアルスカを連れて家を出た。アルスカは東方の言葉と、メルカ国の言葉、そしてガラ国の言葉を話すことができる。フェクスの考えでは、アルスカにできる仕事はたくさんあるはずであった。
ここ5年ほど、メルカは南方の国と戦争をしている。この国は東方のアルスカの故郷を焼き、さらに領土拡大を目指して進軍を続けていた。メルカ国はいま兵士が足りない。そこで、東方の難民を兵士に徴兵しようという動きが広がっている。軍では、難民を教育するための通訳を常に募集している。
また、北のガラは裕福な国であり、そちらとは交易が盛んだ。商会に行けば、通訳は食うに困らないはずである。
フェクスはいくつかの案を考えたあと、まずは彼の現在の職場である軍に顔を出すことを決めた。
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