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第6話
軍所有の建物を出て、アルスカつぶやいた。
「よかった」
「すぐ決まったな」
隣を歩くフェクスも嬉しそうである。アルスカが無事に職を得たのだ。
「たぶん、死ぬほど忙しいぞ」
「それくらいの方がいい」
フェクスのからかいの言葉に、アルスカは真剣に返した。いま彼は没頭できる何かを求めているのだ。
アルスカの新しい職は翻訳事務官補佐である。
そのまま、各言語で送られてくる書類を翻訳する事務官を補佐する仕事だ。軍内の庶務を行う部署に配属されることになる。
アルスカは今日からでも勉強をはじめるつもりでこう言った。
「軍の専門用語が載ってる辞書はないだろうか」
「そんなのあるわけないだろ。実践あるのみだ」
「簡単に言うよ……」
彼らはそのまま市場へ向かって、いくつかの野菜と果物を買い求めた。
途中、アルスカが気が付いて尋ねた。
「ところで、あなたの仕事は? 今日は休み?」
「ああ、今日はいい。どうせ日雇いだ。働きたい日に行く」
アルスカは思った以上にフェクスの経済状況がよろしくないのを察した。
「……すまない。できるだけ早く一人で暮らせるようにするよ」
「気にしなくていい。部屋は余ってる。異邦人に家を貸す奴を見つけるのは大変だぞ。それより、いくらか家賃を入れてくれれば、そっちの方が助かる」
言われて、アルスカは頷いた。
「わかった。いくらだ? 手持ちで足りるなら、今日にでも払おう」
「今月は友情割引だ」
アルスカは眉を下げた。
「ありがとう」
「いいってことよ」
それから、アルスカは忙殺の日々を送った。
軍の翻訳は、これまで商人の翻訳しかしてこなかったアルスカには難易度が高かった。職場では聞いたことのない専門用語が飛び交い、アルスカは耳を澄ませてそれらを聞き取ってメモに書き留めた。彼は遅くまで職場に残って割り当てられた仕事をこなし、家に戻ってからは書き留めた単語の意味を調べた。ときにはフェクスを教師にすることもあった。
言語とは不思議なもので、かつてアルスカがまだ初級学習者だったころはひとつの単語を覚えるのにも苦戦したが、上級者となると、単語の響きからある程度の意味の予測がつき、するすると頭に入っていく。
アルスカは久しぶりに味わう学びの喜びに夢中になった。
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