29 / 30

第29話 KISS ME LIKE YOU MISS ME

照れて使い物にならない息子を置き去りにし、両親は泉と会話を続け、二人の状況を把握しつつあった。 泉の口が滑らかなのは美味しい料理とシャンパンのせいだけではなく、音川の両親が泉をまるで新しく出来た息子のように親密に扱うせいでもあった。 音川の父は、夕食の片付けを申し出た泉を全力で引き止め、それは自分の役目だと当然のように食器を片しながら席を立った。 フットワークの軽い人で、食事中も飲み物やおかわりを自ら進んで配膳し、特にボトルが空になるとすぐに次のワインをセラーへ取りに急ぐ姿は、周囲への細やかな気遣いを感じさせる。 テーブルに残ったヘンリエッタが、「こっちはのんびりおしゃべりの続きしよ」とグラスを両手に持って流れるような所作で廊下へ出て、それを浴衣姿の泉が若猫のようなしなやかさで追従する。 父と同様に片付け担当の音川は同時に席を立ち、泉の背を目線で追う。すっかり打ち解けてくれた様子だ。 リビングの片隅にちょっとしたBarコーナーが設えてあり、こちらはどっしりとしたソファセットに真鍮の支柱を持つサイドテーブルが置かれて、背の高いフロアランプがぼんやりとオレンジ色に床を照らしている。 ここだけは西洋の純度が高いが、和装のヘンリエッタがソファに座る姿はまるで雛飾りのようにも写り、なんとも言えない不思議な調和があった。 「喫茶にいる時の音川さんより絵になる」 思わず泉は呟いていた。 「あらそう?」 「アンティークのコーヒーミルやカップを並べた飾り棚があって、それを背景とした音川さんはすごく素敵なんですよ。いつか描いてみたいと思ってましたが……今ここにいるヘンリエッタの方が、創作意欲を掻き立てられます。写真、撮りますね」 泉は返事も聞かずに帯の間に挟んでいたスマホを取り出してさっと撮影すると、「CGが趣味なんです。あ、最近まで本職もデザイナーでしたが。描けたら貰ってください」とこちらも有無を言わさない口調で告げる。 その断定的な態度に、ヘンリエッタは腑に落ちるものがあったらしく、「ええコンビ、いやカップルか」と泉にニンマリと笑いかけて続ける。「うちの男性陣、よう教育されてまっしゃろ。食器洗いと掃除に洗濯は進んでやるからお買い得でっせぇ」 「音川さんの部屋が片付いているのは猫のためだと思っていました」 「それもあるやろけど、身の回りのことは自分で出来て当たり前やろ?ま、料理はそうはいかんかったけど。なんせ食べることにあんまり興味のない子で」 「ヘンリエッタの料理、すごく美味しいのに」 「んまあ、おおきに。どう?帰って一人で作れそう?」 「はい、動画も撮らせてもらいましたし、なにより味が分かったから大丈夫かな」 「せやね。もし必要ならいつでも連絡してね」 「そうします。まずはピエロギの練習」 「健気やなぁ」 「そんなことはないです。元々音川さんに好かれたくて始めたことですし、それに、今日食べてみて本当に美味しかったから。もう自分のためだけに作るつもり」 「そうそう。なんでも自分のためにやってみるのがよろしいわ。人のためとなると、どうしても見返りや評価が気になるものよ。せっかく苦労して生地からピエロギ作ったところで、うちの子が微妙な顔してみ。けったくそ悪いわな。あの子に食べさせるのは、泉君が作りたい時のついででよろしいわ」 「ご実家もそうなんですか?」 「そうね。母は夕食担当で献立も考えるけど、私や父のリクエストがなければ自分が食べたいものをこしらえてはったな。そして片付けやら……朝食は父の役割」 「朝食も?」 「せやで。朝早うに近所のパン屋さんに行ってな、コーヒーを淹れて、寝室にいる母に持っていくの。毎朝コーヒーとパンのいい香りで母を目覚めさせることが父のこだわりでな、絶対に譲らへん」 「それは素敵な習慣ですね」 「クバは10代の大半を私の実家で暮らしてるから、そんな父の姿をよう見とるはずよ」 「……そんな話どころか、帰国子女だってことも知ったばかりです」 「口数が多い方ではないからなぁ。同じマンションに越して来てくれたと聞いたけど、朝食はどうしてるの?」 「喫茶店のモーニングです。元から音川さんが通っているお店で……配属されてすぐに連れて行ってもらって、それから毎朝……ごちそうしてもらっています」 それを聞いたヘンリエッタが一瞬大きな瞳をさらに広げて「ええこと教えたろ」と泉の傍に顔を寄せ、やや声を落とした。 「まだ大学生の頃。サークルのみんなを連れてポーランドに帰省してね、ほんで日本に帰国した次の日の朝、当時はボーイフレンドの一人やったクバのお父さんが私のアパートに来て『近くにパン屋が無いからモーニングでええかな』言うて喫茶に連れて行ってくれたの。私、その時初めて日本の純喫茶に行ってな……年季の入った調度品と静かにショパンを聴きながらコーヒーを飲んでいるお客さんたち、なんて成熟した文化のある国なんやろと感動したわ。ほんで運ばれてきたものすごい厚切りのトーストがまた香ばしい匂いでなあ。あの人は私がコーヒーカップに口をつけるまで、自分は水すら飲まんとじっと待ってはって。なんとなぁく、この人と結婚するんやろなぁと思ったんよ。それから毎朝、誘いに来てくれるようになって。思い出すわぁ。モーニングは二人きりなんやろ?他にも会社の人がおるんやったら、話は変わってくるけども」 「二人です」 「な?この話はあの子も耳にタコができるほど聞かされてるから、そうそう簡単に誰彼を連れて行かへんと思うよ」 「確かに最初はあんまり乗り気じゃないような感じでしたが、そんな理由があったなんて」 「毎朝なんやろ」 「はい、毎日おいでと言って貰えて……喫茶で落ち合うんですが」 引越日以来、モーニングは自然と現地集合となった。「来れるときに来れば」と音川が泉の自主性に任せるような発言をしてくれたせいだが、それは当日に泉が起こした失態と関連しているかどうかは不明だ。部屋が別れ、寝起きの時間も把握できない以上、現地集合が合理的なのは間違いないが。 「おんなじマンションに住んでんのになあ。そもそもどうして別の部屋を借りることになったの?あの子のところは部屋も余ってるのに。一緒に暮らそうって言われなかったから?」 「それは、音川さんには起こり得なくて」 「どうして?」 「会社に転居届を出すと同居がバレるでしょう?音川さんはきっとそれを良しとしないから。彼は、特定の部下と仲良くしないんです。そういうフェアな人なので、社内恋愛なんて天地がひっくり返っても起こり得ない」 「なんてこと……。それじゃあ、いくら気持ちが通じ合っていても、状況は変わらないってことじゃないの!?」 「そうですよね……。たぶん仕方がないんだ。多少は……僕だけ特別なんだって、自惚れることだってある。でも、今は、それだけなんです」 「まあ、自分の息子ながら複雑怪奇な思考しとるクバのことやから一筋縄じゃいかんのかもしれんけど。なあ泉君、覚えといて欲しいのは、私はこれからずっとあなたの味方よ。将来あの子とどうなろうと、私は個人的にお友達付き合いさせてもらいますよってに」 ヘンリエッタは、照れたような笑顔でくしゃりと破顔する泉に「来年は着物でクリスマスマーケット行こな、約束」とシャンパングラスを掲げた。 そうしてリビングの片隅で新しい友情が芽生えている間、台所に残された音川と父は、粛々と後片付けを進めていた。 「ヘンリエッタから聞いたけど、キミら、付き合うてないんやって?」 父は隣でフライパンを洗っている息子をチラリと見て、ぽそりと呟くように問うた。 「まあ……うん」 「ここまで連れて来といて?」 「泉が料理を習いたいと言ったんだ。それ以外にどういう意図があるのか、俺は知らないから」 「知らんて……キミら、もしかして意思の疎通をしてへんの?気持ちの確認っちゅうか、あるやろ?」 「するわけないだろ」 「普通はするで?キミは学生の頃からめちゃくちゃにモテたと聞いてます。でも自分から誰かを好きになった経験が無いんちゃうかと、お父さんは少し心配しています」 「どうして父親にそんな話をしないといけないんだよ。それをさておいても、俺は入社して以来、フェアで透明性の高い職場環境を目指して来たんだ。その当人が、同性の部下に惚れて、しかも相手を実績もなく昇進させた、なんて亀毛兎角もいいところだ。ありえない」 父親の目に、苦渋を砂のように噛んだ息子の姿が映る。 しかし先程、泉の発言を受けて大いに照れていたのは、間違いなく咄嗟の反応で、どちらが本心かは明白だった。 「難儀やなぁ」と父はため息混じりでつぶやいて続ける。「キミの仕事に対する信念は立派やし、父さんは誇らしく思うよ。でもな、理想と現実は、時に幸せと相容れないことがあんねん」 「どう相容れない?」 「その職務に対する理想は素晴らしいけども、実現したことで、キミは幸せを感じたか?」 「そういう風に考えたことがない」 「じゃあ、いまの状況は……どうや?ありえない、ときっぱり言うが、実際今ここでその惚れた部下がキミのお下がりの浴衣を着て寛いでくれとる。母から手料理をキミのために習い……お嫁に来たみたい、て言うてしもうて真っ赤っかになって、可愛らしかったなあ?」 「あれは、言葉のあやだろ」 「まだ照れてんのかいな。まあええ、ほんで実際、どう思ってんの?」 ガラリと声色を変えて真剣なトーンで尋ねられ、あの日に浴室でぶつけられた泉の澄んだ瞳が脳裏を横切る。 正直、泉がどういうつもりなのかはまだ掴みきれていない。 ここへ来たことも、上司への気遣いの一部でないと言い切れない。 キスをくれたことだって、一時的な……欲だけの可能性だってある。 しかし音川自身の気持ちに、疑いは微塵も無いはずだ。 持ってはならないはずであっても、この初めて抱くこそばゆい感情を、自分が認めないことで幸せになれる訳がない。 自分を虐め泉を傷付けてばかりの信念に、正しさは無いことは明白なのに、それを見ないようにしてきた。 音川は固唾をのんで喉仏を上下させた。 「泉は俺の……ライフラインだ。かけがえの無い存在だと思う」 「よっしゃ。それを聞いて父は安心しました。現実が理想に反発していても、しっかり向き合うといいよ。そんで幸せの前にもし障害があれば、その時は戦いなさい。たとえ敵が己自身であっても」 「分かった」 「仲良うにな。朴念仁の真面目さもええけど、大概にせな、この人退屈や言うて捨てられるで」 台所の片付けが終わり、父と息子がリビングへやってくると、ヘンリエッタと泉はすでに上機嫌で笑いあっていた。どうやら母親によって音川の昔話が披露されたらしく、「本人の前では言われへん」と打ち切られてしまった。 「なんだよ」 「音川さんの学生時代の話です」よほどの笑い話があったらしく泉は目尻に溜めた涙を指先で拭った。 「余計なこと言ってねぇだろうな」母親をチラリと睨むと、「おおこわ」と大げさに肩をすくめて見せ、「身に覚えがあるんかいな」と反撃されてしまう。 「泉にあまり勧めんなよ。多少は飲めるが、俺たちみたいにザルじゃないから」紅潮した泉の頬を横目で見ながら音川は母をたしなめた。 「はいはい。心配性なこと。ほな、私そろそろお風呂いただいて寝るとします。あんたらも飲むならどうぞ。片付けはいらんから、そのままにしといて」 ヘンリエッタが自分のグラスだけを持って立ち去り、Barコーナーには男だけが残された。父親が「一杯だけ」と提言して、3人で飲み直す。 「ボクは息子とあまり時間を共有できていなくて、そんなおもろいエピソードは無いねんけど」 「要らん要らん」そう息子に素気無く断られ、父は大げさなアクションで肩を落としてみせる。ヘンリエッタと似たような仕草で、大阪の人間特有の動きだ、と泉は密かに感心した。ポーランド出身の彼女でさえそうなっているのに、生まれが大阪の音川にはそれが見られないのが残念だった。 「そうや泉君、こいつの写真見るか?子供の頃はもう少しボクに似て繊細で可愛かった。こんなに大きく逞しくなるなんて想像できひんで」 音川の父は息子の制止を無視して、リビングに置かれたアンティークのキャビネットから分厚いアルバムを出して来ると、ソファセットに腰掛けた。 「こっちおいで、泉君」 「絶対見せてもらおうと思ってたんです」 「そない興味ある?」 「ありますよ!全部見たい。映像もあれば」 「あるがなあるがな。でも、それは次回にとっておこ。今日は小学校まで」 「楽しみができました」 「そう言ってくれる人がいて、親としては嬉しい限り」そう父は息子へ向けて言い、アルバムの表紙を開いた。途端に泉から「かわいい!!」と大声が発せられ、音川親子は驚いて仰け反る。そこにはぷりぷりとマシュマロのような手足を四方に伸ばし鮮やかなグリーンの大きな瞳を煌めかせた、まさに玉のような赤子が写っている。 「……あ、やっぱり蒙古斑が薄いんですね」 「泉君は着眼点が変わってるな。クバもお姉ちゃんもほとんどなかったけど、姉の子には出てたな。モンゴリアンスポットなんて言葉、その時に初めて知ったよ」 「僕の写真には蒙古斑がすごく濃く写っていて。だから赤ちゃんを見るとまずそこに目がいっちゃう」 意外にも、「へぇ」と音川が片眉を上げて反応した。まだBarコーナーでちびちびとラムを舐めていて、父と泉のアルバム鑑賞会には照れくさくて入れていないのだが。 「まだあんの?」 「あるわけないじゃないですか」 「クバ君、そういうことはボクが居なくなってから確認させてもらいなさい」 しまった、と言わんばかりの顔をして眉間にシワを寄せている息子を見て父が微笑み、さらのその様子を伺っていた泉が満面の笑みを向けた。 「時々こうなるんです。会社では本当にしっかりしていて失言なんてまずしないのに、何故か不意に、僕には言わないほうが良いことを言っちゃうみたいで。今のなんて、もし僕が女性社員だったらセクハラ発言だと捉えられてしまうかも。びっくりする」 「泉君には?」 「ええ、僕が知る限りは」 「待て。今は休暇中で、ここは俺の実家であってオフィスじゃない。泉は部下として来ているの?そうなら態度を改めますが」 泉が反論しようと口を開きかけると、音川の父がスッと立ち上がって「そろそろ寝るわ。明日、早起きしてみんなでモーニング行こ。ほなおやすみ」と言い残して、息子たちの返事も聞かずにリビングを後にした。 「逃げられた」と口を尖らせたのは泉だった。「せっかく強力な味方が付いたと思ったのに」 「失言は謝る。だめだな、ここへ来ると気が緩む。ガサツでみっともなくて、何もできない人間になる」 「でも、実家でそうなれるのは素敵なことだと思いますよ」 「まあそうかもな。俺は部屋へ戻るよ。これ以上飲むと、さらに失態を晒しそうだから」 僕も、と泉は小さく返事をしておいて、ついと顔を上げた。 「音川さん。失態なんて言わないでください。僕は素の音川さんが良いんです。だから……できれば、今夜は本音で接して貰えますか?」 「ん?ああ、まあ、泉がそう言うのなら……」 連れ立って客間に戻り、音川は引き戸をスッと開けて固まった。 布団が2組、ぴったりとくっつけて延べられている。 「ヘンリエッタめ……」 何事かと、泉は音川の大きな体躯を押し除けるようにして前に出て一歩踏み入れた。 「こ、これは……。少し、離した方がいいですよね……?」 絨毯敷きの床に膝をつき振り向いて見上げてくる姿に、音川は一瞬眩暈を感じて片手で目を覆った。 浴衣の襟から覗く朱に染まった首から鎖骨にかけての美しさ。 それがどれほど音川を煽っているのか本人は微塵も知らないのだろう。泉を強引に引き寄せて首筋を吸い、今すぐ布団に組み敷いてしまいたい欲を捩じ伏せる。 「任せるよ」 「あ、ずるい」 ハァ、と大きくため息を吐いて、音川は布団を通り越し、縁側にあるラタンのチェアにどっかりと腰を下ろした。 「来いよ。そんなのはどうでもいいから」 突っ立ったままの泉に向け、縁側に座れと促す。 不満げな顔のまま素直に従い、チェアにおいてあったクッションを敷いて、縁側の縁に腰掛け、片膝を立てる。その仕草は泉にしては珍しい男らしさで、音川を少しどきりとさせる。 「俺は、この庭がとても好きでね。毎年2回は帰省するかな。夏と冬」 音川は静かに目を閉じて大気を深く吸い込んだ。 晩夏の夜の湿度が体内に浸透し、次第に自分の肉体と大気との境目が曖昧になってくる。 直ぐ傍らにいる泉は黙ったままで、その優しい静寂は、まるで彼の存在感がふわりと宙に浮かび、すうっと庭の中心に移動するとそこで両手を広げて思いきり木々を抱きしめているような幻想を抱かせる。 とてつもない安心感と、渇望。 音川は自分の髪の毛や皮膚が、木々に誘われてぐいぐいと吸収されていくような感覚に身を飲まれるままにし、この庭と、泉と一つになっていく。 しばらくそうしていると、頭の中に透明な緑のそよ風が吹き込んだ。 思考がみるみるクリアになり、神経が研ぎ澄まされる。 「泉」 音川は静かに名を呼んだ。 泉が小首を傾げて見上げてくる。 「俺は、きみに恋していると思う」 「ッ音川さん……!」 泉は思わず傍にある音川の膝にすがりついた。髪に長い指が差し込まれ、そっと頭を撫でられる。 「気持ちを……認めるのが恐ろしかった。きみは部下で、こんな感情を抱くなんて許されないはずなのに、好きで、好きで……どうしようもなくて」 泉の瞳から溢れる涙で、音川の浴衣の色が次第に濃くなってゆく。 「僕も……音川さんが好きです……」 鼻にかかる声でそうはっきりと告げられ、音川の胸のつかえがじんわりとほぐれてゆく。 「泉……ありがとう」 「僕は、最初から音川さんに好かれることだけを考えて、ここまで来たんです。なりふり構わず、あなただけを見てきた。それなのに……僕が料理をすると言ったときも、膝枕で映画が見たいと言ったときも、あなたはすぐに、自分を代役だと思い込んだ。まるで僕に好かれることを避けているかのように、他人事にして」 「それは、ありえないことだったから……」 「僕は態度で示してきたつもりです。もっと言うなら、入社してすぐに一目惚れをして、それからずっと、音川さんだけを見てきました。どんどん好きになって……エンジニアとして優秀だと言ってくれますが、それだって、音川さんに振り向いてほしくて努力したからなんだ。でも、正直怖かった。特別な感情を持っていると知られたら、遠ざけられると思って」 音川は泉の上体に両腕を添えて起こし、向き合うように膝の上に座らせた。 ほとんど鼻先が触れそうな位置で音川に微笑みかけられ、泉の頬に朱が差す。 「今の僕は、音川さんへの恋心だけでできているんです」 怒涛の如く愛おしさが押し寄せ、音川は泉の身体を強く抱きしめた。 「これからどんな努力だってするよ。だから、生涯、きみのそばに居させてくれないか」 泉の瞳が輝きであふれる。 音川はそのダイヤモンドの雫をそっと唇で吸い取り、「キスしてもいい?」と耳元に囁いた。 「許可なんていらない」と首筋や耳を赤くしながら頷く泉にさらに愛しさを覚え、強く引き寄せた。

ともだちにシェアしよう!