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第41話 What Love

泉の役職が正式に発表されたその日、祝杯を上げるために2人はヒューゴの店を訪れた。 ちょうどバイトに入っていた高屋が「後でおれも合流していい?」とニコニコ顔でおしぼりとメニューを差し出してくる。 もちろん大歓迎だった。 「おすすめ、ある?」 「ブルーチーズが好きならキツいのがあるよ。あと、ガトーショコラが1切れ」 音川はどちらも即注文した。飲み物はお任せだ。高屋はすぐに踵を返してカウンターに戻り、ヒューゴが穏やかに微笑みながらオーダーを聞いている。軽く頷きながら、高屋に向けている眼差しは蕩けそうなほどに柔らかい。 すぐに最初のカクテルが届き、泉と軽く乾杯する。 「これからは、公私共々よろしく」 グラスを置いて、ひととき見つめ合った。 「なあ泉。ここで高屋さんに話してもいいかな」 ピタリと泉の手が止まった。 「僕らのことですか?」 「うん」 「音川さんが気にしなければ……」 「きみはどうなの?」 「僕は、どこでだって拡声器で言って回りたいくらいですよ」 めずらしく泉が口角を上げてニヤリと笑ってみせ、音川に悪戯心が芽生える。 「お兄さーん。マイクある?」高屋がいるカウンターの方に向けて音川が声を上げた。 「ねぇよ!スナックと一緒にすんな」 突然、ヒューゴがシェーカーを振りながら荒っぽく返答したものだから、周りの客は一瞬ギョッとしてから笑いに湧いて、高屋は床に座り込んで肩を揺らしていた。 後で聞いた話では、普段は接客アンドロイドを思わせるほど礼儀正しい彼が初めて粗野な言葉遣いをしたものだから、常連たちが度肝を抜かれたらしい。 23時を過ぎると客が引けて、店じまいを終えた高屋が音川たちのテーブルに合流する。 高屋は音川と泉を横並びに座り直させ、そして音川の向かいに銅製のカップを持ってきて座った。 ヒューゴはカウンターでドリンクを用意しているようだった。客が捌けた店内で、シェーカーを振る音が小気味よく響く。 それぞれ異なる行動をしていても、どこかでお互いを認識するセンサー働いているような、常にお互いを思いやる気持ちが波紋のように広がっているような、濃密さを持っている。明らかに恋人同士の空気感だった。 「ヒューゴが音川さんと泉くんをイメージしたカクテルを考案したんだ。美味しいのが出来たみたいだよ」 「シェーカー振ってる姿、様になりますよね」泉が満面の笑みを浮かべて答えた。 「あはは。最近、音川さんは顔に感情が出るよね。前は鉄壁のポーカーフェイスだったのに、泉くんがヒューゴを褒めた途端に苦虫を噛み潰したみたいになって」 「なんとでも言えよ」 低く唸るようにそう言って、音川は隣のチェアの背もたれに逞しい腕をもたせかけた。正面に座る高屋からは、まるで泉の肩を抱いているように見える。 「ところで。高屋さんに話があるんだ」 リラックスした様子ながらも、音川の瞳にきらりと一瞬光が宿ったのを目ざとく見つけた高屋が、ぐいと身を乗り出した。すでに吉報の予感はあり、口元が緩みかけるのを必死で堪えながら音川を促す。 「泉と俺ね、付き合い始めたんだ。もちろん恋愛関係という意味で」 「やっぱり!良かったね!泉くん」 「え?なんで泉だけ?」 「おれ知ってたもん。片思いしてたの」高屋はにんまりと口角を上げた。 「なんだよ……。ま、そういうことで。子会社はほぼ全員が在宅だから特に影響はないと思うが、一応本社の高屋さんには知っておいてもらいたいなと」 「相変わらずお堅いようで。会社を出会いの場だと考える人もいるのに」 「同期だとか立場が同じならそうかもよ」 「音川さんと立場が同じになるまで待てないよねぇ」と高屋が泉に同意を求めたが、「いや、CTO補佐になったんだった!これはダブルでおめでたいね。公私共にパートナーって最高だと思うよ」 「僕たちだってそうだろ」 微かに不満を滲ませた低い声が、頭上から降り注ぐ。 ヒューゴはカクテルグラスを音川と泉の前に置いて、「飲んでみて」と勧めてから席に着いた。音川には黒がよく似合うと思っているのは泉だけでないようだ。月の無い真夜中のような真っ黒のカクテルが緑色の瞳の中で揺れている様子は、ぞっとするほどの色気があった。 「店じゃオーナーとバイトという上下関係じゃん」 「間違っていたらすみません。お二人って、恋人同士ですよね」 「うん」とヒューゴは高屋の肩に腕を回して、こめかみに軽く口付けた。 当たり前のように気にも留めずにキスを受け入れる高屋の様子は、自信に溢れて見える。 「いいなあ」 「なにが?」と音川が間髪入れずに泉を向いた。「ヒューゴからのキスが欲しいのなら高屋さんに頼まないと……」 「音川さんはそれでいいんだ」と余裕の高屋。 「泉が望むものは全て叶えようと決めたからね」 「分かるよその気持ち」とヒューゴが音川に向けて人差し指を立てた。 「泉、どうする?頼む?」 「みんなしてからかわないでください」と泉はきっぱり言った。「高屋さんが堂々としていて、かっこいいなって思ったんです。僕はまだ不安が、あって」 「泉クン、僕だって不安だよ。こうして一緒にいられることが奇跡。まるで夢を見ているみたいで」とヒューゴは向かいにいる泉に柔らかく微笑みかける。 「ヒューゴにとっては奇跡かもしれないけど、おれには必然だ」 「……うん。ね?こんなふうに透が堂々としてくれているのは全て、僕の不安を一つずつ消して行くためだ。それにね、いつだったか、君たちが仕事の打ち上げに来てくれただろう?あの時に、クバも僕の疑念を即座に拭ってくれたんだ」 「おい、」とヒューゴを止めようとする音川を、「どうやって?」と泉が制した。 「僕に、キミのことを仄めかしたんだよ。好きな子がいるって。だから警戒する必要なんて無いってね」 「そうは言っていない」 「でもそういう意味だったろ」 「なんだか最初から仲良いよね、ヒューゴと音川さん」 「まあね。話し易いから」ヒューゴがそう即答すると、音川が「それはだな」とテーブルに両肘をついた。 「俺達は2つの世界の間にいるからだ」 指を顎の下に添えてそう言い切る音川は、まるでギリシャの哲学者を模した胸像のようだった。 「あー……的確だ。日本語で言語化できるのかっこいいね」そうしきりに感心するヒューゴに、泉は当然と言った顔を向けた。 「音川さんは常にかっこいいですから」 「好きな人から褒められることは格別だよね。その場で言葉にすることは、その時に相手を素敵だなと思ったり、魅力を感じたり、愛しいと感じた瞬間なんだ。イズミだって、クバから褒められたら心が満たされるんじゃない?」 「それは……、うん。とても」 音川は隣で頬を染めて俯く恋人の肩に腕を回し、引き寄せた。 「今までは、いくら愛しいと思っても口に出すことを憚らなければならなかった。自分自身でブレーキを掛けて、自分の気持ちすら否定し続けていたんだ。でも、それが許される関係になったのだから、俺は言える時は言うことにしてる。そりゃ、TPOは多少考慮しますが」 泉の身体に喜びの震えが駆け抜けた。毎日、何度も可愛いと囁かれているのは…… 高屋はアーモンド型の目をゆっくりと瞬きさせて、にっこりと微笑んだ。「全部残らず聞かせてもらうからね。まずはその綺麗な指輪について」 「飲んだら何でも話してしまう酒もある」とヒューゴが取り澄ました顔で言うが、どうも冗談では無さそうだ。 そうして、閉店後の店内は大いに盛り上がり、ザルのヒューゴを除いた3人の男たちはしたたかに酔っ払った。 またすぐに集まろうと約束しあい、それぞれの方角へとタクシーで帰宅する。 音川はある程度酔っ払っても代謝が早いため、1時間も経たないうちにほとんどシラフの状態に戻ってしまうが、泉はそうはいかなかった。 マンションのエントランスでタクシーを降りてから部屋までの道のりを、しっかりと音川に肩を抱かれて歩く。 深夜をだいぶ過ぎているせいかマックスの出迎えは無く、ソファで丸くなっている。待ちかねて眠ってしまったんだと思うと、胸がほんわりと暖かくなる。 「お風呂に入りたい。お湯はってもいいですか?」 「いいよ。でも、そんなに酔ってるのに風呂入っても大丈夫か?」 「酔ってません」 酔っぱらい特有のセリフに微笑み返し、先に浴室へ向かい水温を下げて湯張りのボタンを押す。 そうしておいて、音川はリビングで好物のラムをグラスに少しだけ注いだ。どこかへ消えてしまいそうな酔いの名残の尻尾を掴んで、楽しかった夜の終わりがくるのを少しでも遅らせるために。 隣にどさりと座り込んだ泉が、「高屋さんとヒューゴさん、愛し合ってる感じがした」と音川の肩に頭を軽くもたせかける。 泉はこうして上体をもたせかけることが好きなようで、隣に座るといつもそっと寄り添ってくる。その度に音川は、泉が自分の恋人であることを自覚して胸を焦がされ、さらに引き寄せて体温を感じ、額や髪に口付ける。 「地に足がついているというか、安定しているよな」 「まだ日が浅いなんて到底信じられない」 「んー。たぶん、前から気持ちは通じ合っていたんじゃない?形が変わっただけで」 「僕たちはどう映ったんだろ」 音川は両腕を泉の身体に回して引き寄せ、唇に口付けた。泉は未だに、口付けられると少し頬を染める。 「俺はどうでもいいけどね」 他人からどう見られようが、音川は何も変わらない。 泉が望めば、なんでも与える。時間でも、人生でも、持っているもの全てを。 いつか泉がそれに賛同してくれるのを待つだけだ。 「言葉が足りないのはもう慣れましたけど、言い方、考えてください」 「伝わったならそれでいいだろ」 「照れてるんでしょ」 「分かってるなら……」再び、口付けた。「未来永劫、俺がキスをするのはきみだけだよ」 「ラム、ちょっとだけ欲しい」 「取りにおいで」 音川は酒を口に少し含んで、泉に鼻先を軽く当てた。 「ん、んう」 泉は我慢ならない様子で必死に音川の唇にむしゃぶりついてきた。一滴もこぼすまいと、唇を開き、腔内中を吸い尽くす勢いで。 「全部僕の」 腕の中で恋人の身体は酔っぱらい特有のぐにゃりと芯が抜けたような柔らかさなくせに、キスをされただけで自身を硬く反り返らせた。 そうしておいて、独占欲さえをもチラつかせる恋人がたまらなく愛おしく、音川は恋人の固くなったものを服の上から軽くなぞりながら、泉の舌を絡め取った。 泉はビクつき、合わさった唇の隙間から震える吐息を漏らす。 音川がこんな風に触れてくることは初めてだった。 ベッドでキスを交わしているうちに、泉だけが一方的に高ぶって果ててしまうことばかりで…… ふ、と音川が小さく笑い、唇と指先を離す。 「湯張りが終わったってよ。続き、する?それとも風呂か?」 「あ……続き……。や、やっぱりお風呂……」 「じゃ、入っておいで」 そう言いながら、泉のTシャツの襟を引き上げて、頭から抜き取るように脱がせた。音川の前に晒されるだけで、ぞくりと泉の身体に戦慄が走る。 浴室へ送り出してから、ほとんど空になったグラスに氷とラムを追加した。そろそろボトルも空くなと、気休めにどうでもいいことを考えて一気に飲み干し、やはり自分の招いた状況は変わるわけもなく、ソファの背もたれにどっと頭をもたせかけ天井を仰ぐ。 「あー……」 ため息のように悩ましい声が漏れてしまった。 泉の休暇が明けて二人の暮らしが始まったばかりで……キスをするところまでは何度かあるが、NYの夜以降、意図して泉の性器に当たる部分へ手を伸ばしてはいない。 音川はしばし煩悶する。 ——いや、待てよ。このあと、自分が入れ違いに風呂へ入ったとして、出る頃にはもう寝入り込んでいるかもしれない。なんせ酔っ払いだ。 「ああ、くそ」 哲学者崩れの音川は常としてうだうだと思考を巡らせるのを好むが、これに関しては別だった。自己だけで完結しない事柄は、どう頭を捻っても答えが出ない。 恋人同士なのだから身体でのコミュニケーションがあって然るべきなのは分かる。しかし、お互いがそれを望んでいたとしても、具体的な手段に関しての共通認識にズレがあるかもしれない。 音川が望むことが泉にとって想定外だった場合に、泉はきっと何も言わずに受け入れることを選ぶ。そこに強制を感じ…… そうすると、音川は暗く悲しい想像をしてしまうのを止められないのだ。 純粋に慕ってくれている……8歳下の恋人。 まだこれから他の恋を見つけることだって、あるかもしれない。年上で、副業のパートナーでもある音川を足かせに感じる日がいずれ…… そんな可能性を考えることが泉がくれた心への冒涜であることも、重々わかっている。 しかし—— この先も泉しか要らないと分かっているのは音川だけで、相手にそれを求めるのは横暴だと感じてしまう。 それなのに、自分は、泉の居ない人生など無に等しいところまで惚れてしまっている。 その上、身体まで知ってしまえば……所有欲が暴走するのではないか。 正直、怖かった。 「俺もうどんだけ好きやねん」 大きくため息をついて思考の淵から引き上げてくると、頭を起こして本棚に置いてある時計を見た。もう2時になろうとしている。帰宅したのが1時頃だったが……泉は特段、長風呂ではないはずだ。 もしやと思い浴室へ急ぎ、水温が聞こえていないことで不安が募る。 「おい、大丈夫か!だから酔ってる時に風呂は……」 「起きてます」 意外とハッキリした声が中から聞こえて胸をなでおろす。 「のぼせる前に出てこいよ」 「はい……」 消え入りそうな泉の声に少し不穏な空気を感じて、浴室のドアを少し開いた。 「どうした?具合悪い?」 「違います。あの、変なこと聞いていいですか?」 「うん。俺のポリシーを知ってるだろ。無駄な質問なんてひとつも無い……」 「あるのは馬鹿げた答えだけ」と泉が後半を続けた。 「分かってんじゃねえか」音川が満足げに頷く。 「仕事に関係ないんですけど……」 「なんでもどうぞ」 「あの……、いや、やっぱり音川さんに聞くのは変かな……」 煮えきらない泉に、音川は少しの寂しさを感じた。 何を遠慮しているのか。 音川は、いつかとは違って、その場でためらわず着ているものを全て脱ぎ捨てると、隙間を空けていたドアを大きく開いて、浴室へ入った。 浴槽で小さく膝を曲げて座っていた泉は、驚き、パチャリと水音を立てる。 音川は気に留めず、ずかずか浴室に踏み込むとシャワーから湯を身体に落とした。浴室内にボディソープの爽やかな香りが充満する。 泉は、音川の皮膚から跳ね返る水滴をぽかんと見上げていた。 明るい場所で、全身の裸体をまともに見るのは初めてだ。均整が取れ、筆舌に尽くしがたいほどに魅力的だった。 みずみずしい白さを持った皮膚は、まるで内側から発光しているかのように鈍く艶めいている。骨格が大きいためスラリとして見えるが、広い鎖骨から腕まで広がるの大胸筋が見事だ。長い手足に葉脈のように張り巡る太い血管は、きめ細かい肌を力強く浮き上がらせている。腹は抉れるほど引き締まって割れていて、下腹部へと筋がくっきりと浮かび、なんとも色っぽい。 そしてそこから続く、到底自分とは比べ物にならない雄の姿……。 身体中の細胞がぶわっと開くような衝撃に、膝を抱えた。 「どうしてそんなに……完璧なんですか」とにかく頭の先からつま先まで、無駄の一切無い完全さだった。 呆けたような呟きを音川は鼻で笑った。「そう思われたくて、最近トレーニング頑張ったから」 そして泉の背後から湯船に足を入れ身体を滑り込ませると、浮力で浮く身体を後ろからそっと手を回して自分へと引き寄せると、湯の中で細くしなやかな身体がつるりと滑り、音川の胸に頭を預けるようにもたれかかる。 「僕のため……?」 「それ以外に頑張る理由ないでしょ」 ぬるい湯で少しずつ酒が抜けていた泉の身体に、それとは違う陶酔感が駆け巡る。 バスタブは長身の男2人を抱えきれず、どちらも膝下が外へとはみ出してしまうが、音川は泉のすぅっと伸びている足に見入った。鹿の太もものように水々しく、美しい。 「本当に、綺麗な身体だ」 音川にそう耳元で囁かれた泉は全身がみるみる弛緩し、唇からは熱く長い溜息が震えるように漏れる。 そして、まるで猫の頭突のようにぐいぐいと頭を音川の鎖骨辺りに押し付け、目で見ない代わりに自分の背中全体で音川の質感を確かめているかのようだった。 自分の胸にもたれかかり、完全に身体を弛緩させている泉を覗き込むと、うっすらと微笑みながら目を閉じていて、心地よさ気だ。 湯の温かさやアルコールによるものではない、首や胸元の赤み。 水面から薄っすら見える泉自身は既に腹に当たるほど硬くそり返り、泉が身体をよじるたびに揺れている。 恐ろしいほど扇状的だ。 「泉……、聞きたいことって?」 「くすぐった……んっ」 音川は泉の首筋に唇をあて、ついばむように吸っては離し、それを何度も繰り返した。 「笑わないと、約束してください」 「笑いませんよ」 「お風呂から出たら、音川さんと、その……さっきの、続きをしたくて。なんだろう、準備みたいなことをした方がいいのかなと思ったんですが……僕は、どうしていいか、分からずで……」 音川は、瞼を伏せてそう呟く泉を見て一気に体温の上昇を感じ、再び首元に唇を寄せた。 二人が求めながら、同時に与えたいと思っているものが一致しているのであれば…… 「このまま……少し一緒にここにいて、後は成り行きに任せてみようか」 泉の素肌にするりと手を滑らせて胸の小さな突起を擦ると、呼吸を乱しながら身を捩り、上気した赤い唇から、か細い喘ぎを漏らす。 その声は艶かしく音川の頭の芯をぐらぐらと揺らす。 「音川さ……ん」 それが非難じみたものでなく、逆にねだるように聞こえるのは音川の願望か。現実か。 唇を吸い、舌を割り込ませると同時に、泉の下腹部へ手を下ろした。 何度か上下に優しく擦ると、首を後ろへ捻らせて身体を反らせ、言葉にならない喘ぎを漏らす。そのまま手で優しく擦り続けると、少し苦しそうに両足で湯を掻きながらも音川の胸の中で身体を捩り、短い嬌声をあげて再白濁したものを湯に放出した。 ほんの少しの刺激に敏感に反応する恋人が愛おしく、音川はさらに舌を絡め、脱力しきって全ての体重を乗せかけてくる泉の両足を開かせると、そこに手を差し入れ…… 「ひぁぁ」 合わさった唇のまま驚きの声があがるが、音川は自分の足と泉のを絡ませて閉じないように後ろからがっちりと固定し、そのまま指で泉の後穴をなぞり続けた。 ひくりと泉自身が再び起き上がり、音川の手に当たる睾丸に張りが戻るのを感じると、入口をなぞる指をそのままつぷりと中に挿入する。 「んん、あ、ま、待っ」 声と共に息が吐かれた瞬間、ぬるりと根本まで人差し指を侵入させると、息を呑んで後ろに仰け反る。 「そんな……また……あ……」 指の腹で泉の内部を微かに押し、もう一方の手では先端をそろりとなぞる。そうしてすぐに再び、泉は細く長い喘ぎを漏らしんがら、とろりと精液を湯に滲ませる。 「とても可愛いよ。ねえ……もう少しだけ触れていい?」 泉は何度も頷き、再び身体を弛緩させる。今度は意図的に。 そうしておいてから後ろに首を捻り、泉から音川に口づけた。熱に浮かされたように目元を赤らめ、充血した唇をぽってりと膨らませた愛しい恋人の様子に、音川は心臓が掴まれたような感覚を覚える。 「僕も、触れたい……です」 「あとでね」と音川は泉の耳朶を軽く噛んだ。「今夜はきみの気持ちいいところを俺に探させて」 「音川さん……」 初めて与えられる身体の内側の快楽は、頭をくらりと揺らすほどに強烈だ。これ以上のものがあるのかと、泉は不安と期待を同時に抱き、音川の胸に更に身体を押し付けた。 「二人の時は名で呼んで」 「んぁ……あ……九巴……」 「そう。これから、この夜の記憶をきみの身体に刻みつける男の名だ」

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