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第7話
「いいことじゃない」
槇が動くたびに背もたれの椅子がぎしぎしと金切り音で叫ぶ。机に向かって診断内容を書き、パソコンに打ち込んでいる槇は新の話に投げやりだ。
「ちゃんと聞いてるか?」
「声も出せるようになったんだね。少し男らしくなった」
「おい」
「聞いてるよー院内学級でライブをやるんでしょ?さっきナオトくんを診察したときにも同じこと言われた」
「止めたよな?」
縋るように槇を見上げる。
「もちろん許可を出したよ。日時は二週間後の土曜日」
「ふざけんな!」
「声量も正常、と」
キーボードで打ち込むと、槇は真剣に画面を見始めた。唇がわずかに動き、聞き取れないが何かを囁いている。
集中しているときの槇の特徴だった。
新の診断結果ばかり興味を示し、新自身には無頓着だ。医者のくせに患者はほったらかしかよ、と悪態を残して診察室を出る。こうなった槇は近くで爆発が起こっても気が付かない。
すぐ正面に三人掛けのソファがあり、そこにナオトの姿があった。
ナオトはぼんやりと虚空をみて、新に気付くと目尻を下げて笑った。
「新が診察している間に院内学級に行ってきたんだ。ライブのことを伝えたら、みんな楽しみにしてるって言ってたぞ」
「俺は承諾した覚えはない」
「でも新はやってくれるよ」
確信とも言える芯のある声はまっすぐに新の心に刺さった。
子供たちの落胆した様子が浮かぶ。新が歌えないと聞いてとても寂しそうにしていた。
あんな顔はさせたくない。
「子供たち楽しみにしてるよ」
もう一度念を押されると新はぐうの音もでない。
「しょうがねぇな。やるよ、やりゃいいんだろ!」
「新ならそう言ってくれると思ってたよ」
ナオトは新の頭を撫でるとびりりと肌が震えた。
なんだこれ、一体なに。
「じゃあ練習しないとな。このまま練習室に行こう」
ナオトは新の手を取って歩き出した。繋がれたそこから温かいものが流れてくる。また肌がぴりりとなった。
さっきから俺はどうしたんだ。
「新? 早く行くぞ」
「……うん」
「新が大人しいと変な感じ」
「うっさい」
「そうそう。そのままでいて」
隙間なく手を繋がられているのをみるとまた肌がびりびりしそうで、新はナオトの襟足をみて練習室へ向かった。
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