10 / 20
第10話
いつも通りに病院で診察を受けると、「ナオトくんのデータを取りたいから少し待ってて」と診察室を追い出された。
時間はかかりそうだし、仕方がなく病院内を散歩をして時間を潰す。
病院内は定期的に来ているのでこれといった新鮮味がなく、早々に飽きてしまい新は秋空に誘われて中庭に出た。
一般棟と特別棟の間にある中庭からは診察室の扉がよく見えた。木の枝に乗って鳥たちが歌っている。
その声に耳をすませると心地よい歌が新の中を満たしてくれた。今の声を受け入れられたからといって、過去に未練がないわけじゃない。
声を発するたびに前はもっと透き通った声をしていたと比べてしまう。それでも歌えるようになった。新にしてみれば大きな一歩だ。
けれど、だからといって551に戻る決心はつかない。
ナオトも急かす様子はみせないので、ぬるま湯に浸かったような優しさに甘んじている。
それにバンドメンバーからの音沙汰もない。元々仲が良い方ではなく、仕事上の付き合いのみでプライベートの話もしたことがない。
でもかけがえのない仲間だと思っていた。
いよいよ自分は不必要な存在だと弾かれたのかと落ち込むが、「新の歌はいいな」というナオトの言葉を思い出し傷ついた心を補修する。
そうすると落ち着く。大丈夫だと思えた。
物思いに耽っていると診察室の扉が開き、中からナオトが出てきた。顔に影を落とし少し疲れているようにみえる。
その様子に一瞬声をかけるタイミングを逃してしまい、ナオトはきょろきょろと辺りを見回していた。新を探している。早くナオトの元に戻らなくちゃ。
新が腕を上げると同時にナオトは前から来た看護師に声をかけられ、楽しそうに話始めた。
たまに肩を小突かれたりして仲の良いところを見せられると、凶暴な感情が蠢く。面白くない。しばらく話し込んでいたナオトはようやく新に気付き、看護師に別れを告げて走ってやって来た。
「悪い待たせたな」
「別に」
「怒ってるのか?」
「別に!」
ナオトは声を荒げる新に首を傾げた。自分でも気持ちが押さえられない。
ナオトと看護師の親しげな様子が目蓋の裏にこびりつく。
「さっきハカセから貰った551のライブチケット。明日ライブがあるらしい」
そんな連絡一度もきていない。なんで。どういうこと。
混乱し始めた新を見越してナオトはすぐに言葉を繋げた。
「といってもボーカルを替えて関係者のみ参加できるライブらしい……新?」
背筋が凍る。手が震える。551のボーカルを替えるということは、つまり、新が不要だとみなされたのだ。絶望の淵に立たされ、ようやっと現実が追いついてきた。
「大丈夫だ。何も心配することはない」
「でも、俺」
「大丈夫だ。試験的にやるだけだし、新以外のボーカルは考えられないよ」
ナオトが手を握ってくれる。それなのに、いつもの温もりを感じられない。
ともだちにシェアしよう!