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第12話
ライブハウスに着くと槇が薄ら笑いを浮かべて二人を出迎えた。
「ようこそ、551のライブへ」
「なんで槇がいるんだ」
「僕も一応関係者だからね」
言い返したかったが551のメンバーの主治医は槇だ。全員病院の敷地内に住んでいるし、定期的に検診も受けている。あながち無関係とは言えない。
「控え室に行くかい?」
槇の提案に足が竦む。
隣にいるナオトを見上げると小さく頷いて背中を押してくれた。
控え室に行くと懐かしい顔ぶれが並ぶ。ベースのナギとドラムのリクはチューニングをしていて、新が入ってくると顔を上げた。
「久しぶり」
「元気だった?」
「あぁ、うん」
もっと何か言われると思ったが二人は昔と変わらない。
新が歌えなくなり、事実上解散状態まで追い込まれたのに、二人は気にしているようにはみえなかった。
でも二人は昔からそうだった。
感情らしい感情はみせず、言われたことを百パーセント遂行する。
人間じみたところのない化け物のようで、新は二人のことを恐ろしいとすら思っていた。
「この子が今日のボーカルを務めるアオくん」
「初めまして」
アオと呼ばれた男は、長い髪がさらさらと音を奏でるほど丁寧にお辞儀をした。声に耳をすませたが別段特徴的とは言えない。
「そろそろ移動してください」
スタッフの声に三人は新に目もくれず控え室を出ていった。
三人の背中を見送り、後ろで黙っていたナオトがようやく口を開く。
「あれが新しいメンバーなのか?」
「そうだよ。少し気味悪いだろ」
551は全員みてくれはいいが、性格に多少問題があるので今までメディアに露出はしてこなかった。
顔写真は掲載されるが、日常生活や個人の詳細については公にされていない。
ナオトは新の言葉には答えず、後ろを振り返りもう一度控え室を覗いていた。
「どうした?」
「何でもない。早く会場に行こう」
ナオトに背を押されて会場へと急ぐ。
関係者しかいないといっても、ライブハウスは満員だった。アルコールも配られているらしく、誰もが赤ら顔で上機嫌だった。
場所を移動するたびに肩や肘がぶつかり、よろけそうになる。
「こっちこい」
腕を引っ張られ、ナオトの胸の中に納められる。人とぶつからなくなったが、ナオトに密着し肌がぴりぴりと焦げていく。
「おまえ何してるんだ!」
「あのままだと前に進めないだろ。ここで大人しくしてろ」
ナオトに抱えられるようにして壁際まで移動するとようやく人の波はおさまった。
けれどナオトは新の背中を抱いたままだ。
「おい、いつまで触ってるんだ」
「仕方がないだろ。これだけ人がいるんだから我慢しろ」
「我慢なんて」
落ち着かないんだよ、莫迦! とはとても言えないので口を閉じた。
ジャンとギターの音を合図にライブが始まった。アオはMCもなく淡々と歌い始める。
551のデビュー曲「All you need」に始めまり、「yell」まで発売された順で五曲歌い上げた。
音程が乱れたり、ギターを失敗することもない。完璧だった。
けれど他の二人には違和感があった。どうしてだろう。二人が、寂しそうにみえる。
歌い終わるとステージの明かりは消え、休憩に入った。
関係者たちはこそこそと話し合いをしている。
「あまり良くないな。ベースとドラムが曲に乗ってない」
新が感じていた違和感をナオトは的確に言葉にした。そう、乗ってないのだ。二人の音がアオの声に交わっていない。
「おまえもそう思うか?」
「誰が聴いても明らかだろ。アオって子も悪いわけじゃないんだけど、551の曲は新に合わせて作られてるから借り物の服を着せたような違和感がある」
「そうかな」
ようは「新の方がいい」ということなのだろう。嬉しくて頬が緩む。
休憩が終わると再び三人は音楽を奏でた。四曲を歌うと551の曲はすべて歌いきったことになる。
ステージに立つ三人を見上げる。前はあそこに立っていたんだよなと思うと、とても遠くに感じられた。
ほんの数メートルしか離れていないのに、宇宙の彼方から見下ろされている気分だ。
ーーそこは俺の場所だ。
「歌いたいって顔に書いてあるな」
無意識に顔が強ばっていたらしい。ナオトに指摘されて慌てて手で隠すが、手遅れだと返される。
「じゃあ決まりだな」
「何が?」
「おまえの帰る場所」
ナオトが舞台の方を指でさす。引っ張られるように顔を向けるとナギとリクと目が合った。二人は同時に手を差し伸べてくれた。
必要とされている。
求められている。
でも、いいのだろうか。天使は地に墜ち、空を飛べなくなった。
地に這い蹲り空を見上げることしかできなくても、そこに立ってもいいのか。
「俺は新の声、好きだ。例え前のような声がでなくても、新が歌えばどんな歌も好きになる」
率直な言葉は嬉しいのにくすぐったい。
新はナオトの背中を叩いて前に駆けだした。
「じゃあそこで聴いてろ、駄犬」
ステージに登りアオからマイクを奪う。
突然の来訪に関係者たちはざわめき始めたが、気にしない。
新は構わず歌い出すとベースとドラムが合わさってくる。
旋律が目に浮かぶ。
音符たちが踊り、駆け巡る波の中心にいる。
やっぱり歌はいい。俺の存在は歌うことなのかもしれない。
ステージからナオトの方に視線を向けると目が合った。笑ってくれている。それが嬉しくてもっともっとと声を張り上げた。
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