13 / 20

第13話

 バンドが再始動すると瞬く間に日常は変わった。  元々メディアでの露出は少なく、復活しても変わらないだろうと高をくくっていたがそうは問屋は下ろさなかった。  復活を遂げた天使は男らしさを手に入れたともてはやされ、メディアでのオファーが耐えずくる。  事務所はすべて受け入れて、積極的に551を売り出した。  連日取材や収録に追われ、ろくに家で休まる日も与えられない。二十四時間働きづめだった。  たくさんの人から求められて嬉しい。  身体も疲れない。  メンバーとも上手くやれている。  それなのに今の自分を取り巻く環境を素直に喜べない自分がいた。  どれくらいナオトと会っていないだろうと数えると、片手では足りなかった。  ちゃんと病院に行っているのか。  壊れていないか。  心配は降り積もっていくのにナオトとの連絡手段はない。  槇に訊くのが手っ取り早いのだが、茶化されそうで嫌だった。  次の収録まで三時間ほどの空きができて、新は久しぶりに自宅へ帰った。  玄関の鍵を開ける行動すらもったいなくてねじ込む勢いで鍵穴を回した。  「ナオト!」  部屋には人の気配はない。  新が仕事で忙しくなった日と変わらず、部屋は清潔に保たれていた。  ふとテーブルに見慣れないものがあり、新は目を凝らした。  「薬?」  錠剤が入っていたのだろう銀色の空のケースが置いてあった。  新は家に帰っていなかったし、これはナオトが飲んだのだろう。  でもヒューマロイドは薬なんて飲まないはずだけど。  「それより時間!」  スタジオに戻るまであと一時間十五分しかない。早くナオトを見つけなければ。  カレンダーをみると今日はナオトの診察日だった。慌てて病院へ向かう。  槇の診察室へ向かう途中にナオトを見つけた。  中庭を挟んだ反対側にいる。どうして一般病棟の方にいるのだろう。  ナオトは辺りを見回している。前にも似たようなことがあった。  あのときは新を探している様子だったが、今日は表情に余裕がない。切羽詰まったものを感じる。  早く傍にいってやろうとすると、余所見をしていたナオトはワゴンを押していた看護師とぶつかってしまう。  がしゃんという音がこちらまで響いてきた。看護師に謝り、ナオトは散らかした道具を片づけ始めた。その間もすいませんと口をつ いている。  看護師は何かに気付いたらしくナオトの腕を指さした。  慌ててポケットから何かを取り出し腕に貼ってあげている。あれは絆創膏か。ヒューマロイドは怪我なんてしないのに。  全部拾い終わるとナオトはもう一度お辞儀をして歩き出す。このままでは見失ってしまう。  新は慌てて反対側まで走り、広い背中に声をかけた。  「ナオト!」  「……新か。驚いた。どうしてここにいるんだ?」  「ちょっと時間が空いたからおまえの様子を見に来たんだよ。俺はおまえのご主人様だし」  「そうだったな。ありがとう」  ナオトに微笑まれると頬が熱くなる。ぷいと視線を逸らした先にピンク色の絆創膏が目に入った。  「それ」  「さっき看護師さんとぶつかって、少し傷がついたんだ」  「でもヒューマロイドには必要ないだろ!」  穏やかだった気持ちが大きく揺れる。なんだこれ。面白くない。  「急に怒ってどうした?」  「怒ってない!」  ナオトが他の女にやさしくしている姿なんてみたくなかった。  ずっと俺の傍にいて、笑ってて欲しい。それってつまり俺はナオトが好きなのか。  あり得ない! 人間がヒューマロイドを好きになるなんてあり得ない!  「そうやって怒鳴るなよ」  「怒鳴ってない!」  「もしかして嫉妬してるのか?」  「うるさい!おまえのご主人様は俺なんだから、他の奴をみるな。やさしくするな!」  「横暴だな」  ナオトは困ったように眉を下げている。  自分でも何を言ってるんだと思う。でも感情が止まらない。  「他に目移りしてたら俺は歌わないぞ。俺の歌、好きなんだろ?」  ふんと鼻を鳴らす。ナオトは呆気に取られたような間抜けな表情を浮かべた。  「……なんで知っているんだ?」  「ライブのとき言ってたじゃん。だから俺はもう一度」  ナオトは嘘を吐いているようでもなく、茶化した様子でもなかった。ただ困惑している。  もしかして記憶メディアに支障があったのか。確か前も調子が悪そうだったし。試作段階と言っていたわりに、今まで不備がないことがおかしかったのだ。  「もしかしてメディアが壊れてるのか。もう一度、槇に看てもらった方がいい」  新が促してもナオトは立ったまま動かない。思考の沼にはまったように険しい顔をしている。  しばらく逡巡していたが、ナオトはようやく口を開いた。  「この先、どんなことがあっても歌ってて欲しい」  「いきなりどうした?」  「約束してくれ。これから何があっても歌うと」  ナオトの鬼気迫る様子に新は首肯した。  「わかった」  「絶対だからな」  最後にもう一度念を押され、疑問に思いながらも新は頷いた。

ともだちにシェアしよう!